グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_036

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「さぁて、着いたわよ。ようこそ、マレーン商会へ!」

 にっこりと微笑みながら話かけるイルネであったが、その腕はガッチリとセロの身体をホールドしている。

「ようこそも何も、無理矢理ココに連れて来たのはそっちだろ……」
「あら? 何か言ったかしら?」
「別に何も」
 微笑みながら無言の圧力をかけるイルネに、セロはため息を吐きながら言葉を返す。

「そう。なら何も問題ないわね。それじゃあ、早速行きましょうか」

 反対側からホールドするイルゼヴィルを伴い、セロを中に迎えたイルネは、階段を上ってすぐの部屋へとセロを連れてくる。
「それじゃあ私は少し休ませてもらうぞ。隣の部屋にいるが、あまり騒ぎ過ぎるなよ? まだ若干酔いが抜けていないからな」
「分かったわ。どうぞごゆっくり~」
 ヒラヒラと手を振りながらそう言い残して部屋を出るイルゼヴィルを、イルネは笑顔で見送る。

「さて、と。まずは仕事を手伝ってもらう前にーー何があったのかしら?」
「えっ?」
 予想外の彼女の発言に、セロは軽く驚きながら聞き返す。

「出会った時、どこか暗い雰囲気だったからね。これはちょっと聞き出した方がいいかと思ってね。そのせいで手伝ってもらう仕事に支障が出たら嫌だし」
「……オイ、どっちかって言うと、後者の理由が大きいだからだろうが。ったく……んで? ちなみに……断ったら?」
「簡単よ。聞き出すまでここから出られないだけね」
 耳にしたイルネの言葉に、一瞬「本気か?」と勘繰ったセロだったが、捉えた彼女の目は笑っていない。その目と向けられる圧力から真剣さを読み取ったセロは、ガックリと肩を落として呟く。

「ったく、逃げ場ナシかよ……ただ、まぁいいか。そんなに大した話じゃないし」
 小さくため息を吐いたセロは、イルネたちと出会う前に起きた出来事を話始めた。

 ーーギルドでコンラットから声をかけられたこと。
 ーーそのまま彼と一緒にデラキオ商会に向かい、呼び主であるデラキオと対面したこと。
 ーーデラキオから、取引として腰に下げたアイテムポーチを寄越せと告げられたことと、その申し出を断ったこと。

「なるほど……目ざといブタね。おそらく、あのギルドでの一件からセロのことを嗅ぎつけたんでしょうね」
「あぁまぁ確かにあのナリはブタに見えーーって、オイ。そんなハッキリ言っていいのかよ」
「あら。それなら、他にどんな表現が?」
 笑みも浮かべずにサラリと罵るイルネに、セロは若干引きつつ、話を続ける。

「まぁあの野郎がブタかどうかは置いておくとして、だ。結局、このポーチの対価として500万リドルと提示されたが、丁重に・・・お断りしたよ」
「ふむ……そうね。それが賢明だと思うわ。私も見たけど、あのギルドの天井にまで届くほどの魔物と鎧獅子の遺体を収納できる容量を持つアイテムポーチだもの。それこそ5,000万リドル積んでもまだ足りないでしょうね」
「えっ? そ、そうなのか?」

 真向かいのソファに腰を下ろしたイルネが、さも当然だと告げた言葉に、セロは首を傾げながら訊ねる。
「呆れた。『そうなの?』じゃないわよ。いい? アイテムポーチは、それこそ一泊分の荷物を収納できるものでも10万リドルは下らない、それほどの価値がある代物なの。まさかとは思うけど……アイテムポーチの価値を知らなかった、なんてことはないわよね?」
「アハハハハ……はぃ、その通りデス」
 聞き返されたセロは、咄嗟にぎこちない笑い声でやり過ごそうとしたものの、セロの思惑を見透かすようなイルネの目つきに観念して、肩を竦ませつつその指摘を認める。

「ホントに呆れたものね。あれほどの技術と知識を持ちながら、てんで常識ってものを知らないとはね」
「スミマセン……って、いやいや。断ったのは、そもそも単にアイツのところじゃあ、このポーチと同等の代物は作れないと思ったから……なんだけど」
「ほほぅ……それじゃあ、作れるだけの技術があれば、売っても良かったと?」
「まぁそうだな。別に秘密にしておくようなものでもないし。仕組みをきちんと理解して、必要な材料を用意すれば作れるから」
 笑いながら返すセロとは対照的に、イルネは盛大なため息を吐きつつ、キツイ口調で忠告する。

「貴方はもう少し常識というものを知る努力をした方がいいわね。自分の身を守るためにも。いい? アイテムポーチの製作方法なんて、この街ーーいや、ひいては国同士の戦争が起きてもおかしくはない。アイテムポーチはその品物自体が稀少なのだから。そんなものの製作レシピを個人がーーましてや機巧師のライセンスも持たない子どもが知っていたとすれば、どんな混乱が引き起こされるか……想像しただけで身震いするわよ」
「そ、そんなに!? さすがに冗談……だろ?」
「冗談でこんなことが言えないわよ。まったく……」
 ついには説教めいた口調で窘められたセロは、「やっちまった」とこれまで呟いた言葉に恥ずかしさを覚える。

「……はぁ。アイテムポーチのことはまぁいいわ。あと、気になるのは『ポーチと同等の代物は作れないと思った』という点ね。どうしてそう判断できたのかしら?」
「うええええぇぇぇ……言わなきゃダメか?」
 ひしひしと伝わるイルネの圧力に、セロはささやかな抵抗を試みる。しかしーー

「機巧師として、その発言を無視できると思って?」
「デスヨネ……」

 完全に薮蛇だったと後悔するセロだったが、後の祭りであった。商会のトップを張る人物に、下手な小細工は通用しない。セロは今さらながら「厄介な人に捕まった」とことここに至り実感するのだった。

「ーーなるほど。『既存の精霊構文コードを切り貼りしてるだけ』か。それは確かに問題ではあるわね」
「まぁ既存のソースコードを転用するのは、別に悪いことじゃない。一から組み上げるより断然早いし、ミスも少なくて済むからな」
「そうよね。他の機巧師でも、同様なことはやっているだろう。だが……」
 イルネの言葉を引き継ぐように、一度頷いたセロは再び口を開く。

「それだと、精霊武具が不具合を起こす頻度も高くなる」
 セロは確信を持ってイルネに告げる。精霊武具は持ち主の適性に合ったものでなければ、その価値を十全には発揮できない。
 それは単に得意とする武器の種類のみではなく、攻撃・防御時における役割、手数で勝負かあるいは一撃必殺を重視するかといった戦闘のスタイル……など、さまざまな要素を考慮する必要があるのだ。

「それを、まるで鋳型に嵌め込むような真似で作られた武具を与えられてみろ。そもそもが持ち主の相性に合致してないんだ。絶対どこかで歪みが出るぞ。幸い今は表面化してないみたいだけどな。俺は……そんな使い手側のことを無視したものを作りたくはない」
 俯きながら静かに告げたセロは、おもむろに組んでいた手を強く握った。

(確かにある程度の効率化や合理化は必要だろうさ。けど……それは本当に相手のためになっているのか? そもそも、技術者として、よりいいものを使ってもらいたい、そのために何が最前か……それを諦めずに試行錯誤するのが必要なんじゃないのか?)

 セロは目の前に座るイルネが言うように、確かにこの世界の常識には疎い。しかし、転生前の経験から「技術者の何たるか」は未熟ながらも持ち合わせてはいる。

 ーーより良いものを、遍く人々に提供したい。
 ーー自分が生み出したもので、人々を幸せにしたい。
 そんな思いを抱くセロは、端から見れば「ただの理想論だろ」と笑われるかもしれない。
 けれども、自分の持つ技術は、そうした目的のために使われるべきだーーと、彼はデラキオ商会の一件でその思いを強くしたのだった。

「……なるほど。貴方の根源はそこなのね」

 ふと漏れたセロの言葉に、イルネはポツリと呟いた。
「えっ?」
 耳にしたイルネの言葉に、ハッと我に返って顔を上げると、彼女はおもむろに席を立ち、机の上に広げていた書類を手に取ると、セロの前に差し出す。

「これは君がカラクの精霊武具に施した構文をもとに、私が今までに構築した構文を見直した設計図よ。見てみなさい」
「ーーっ!?」
 言われるがまま渡された書類に目を落とすと、そこには彼女なりの思索の跡が残っていた。セロが施した改良は、彼から言わせれば「ほんのわずかな」ものでしかない。だが、イルネはその残されたヒントをもとに、大幅な見直しを行っていた。また、渡された書類には、構文の見直しだけではなく、随所に彼女なりの工夫が見て取れる。

(これは……凄い。まだまだ荒削りで改善の余地がある……けどーー)

 ーーこの人は、俺と同じなんだ。

 ふとセロの頭の中に、そんな考えがよぎった。確かに彼の言う通り、記載された精霊構文にはまだまだ手を加える余地がある。しかし、そもそも「自分の持つ技術が一番だ」と胡座をかいてあいるようならば、こんな見直しなどは行わない。

 びっしりと書き込まれた精霊構文と、紙の端に記された検討内容からは、「どうすればより良いものを作り出せるか」というイルネの技術者としての姿勢が渡された書類から浮かび上がった。
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