グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_033

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「本当にありがとう! これで仲間も助かる!」

 早速出来上がったポーションを渡すと、相手は泣きながら何度も御礼を述べた。

「そうだ、御礼の代金を……あっ、で、でも、これだけの量のポーションとなると、とてもじゃないが――」

 相手は腰に下げた袋から謝礼を出そうとしたものの、すぐにその手を止めた。だが、一方のセロは、予想だにしない言葉を発する。

「あぁ、代金か? ふむ……それならキリよく10,000リドルでいい」

 さらりと告げたセロの言葉に、相手の冒険者は目を大きく見開いて驚いた。
「えっ? ほ、本当に? だって、ポーション20本なんだぞ? 普通ならその10倍してもおかしくはないのに……」
「別に今すぐ多額の金が必要ってワケでもないからな。俺としてはちょっとワケありで知り合いから借りている金を返済できれば、それで問題はない。今日受けた依頼の報酬分を合わせれば、なんとか返済できるのがこれぐらいの金額だからな」

 セロは興奮する相手をなだめるように言葉をかける。初めはやや疑いの目を向けていた相手も、やがて警戒心を解いた態度に改まった。
 
「そ、そうなのか……って、いや、それは流石に安過ぎるだろう。この前までポーションは一本当り7,000リドルまで値が上がっていたんだぞ?」
「そうは言っても、その金額と同じにすれば、今度はそっちが支払えなくなって困るだろう? それに、これはあくまで取り急ぎ用意したポーションだ。高品質で薬効の高いものをお望みなら、本職の方がずっといい。応急処置的なものだから、それくらいの金額の方がいいんだよ」

 セロの言葉に、相手の男性冒険者は嬉しそうに顔を綻ばせながら何度も「ありがとう」と御礼の言葉を呟いた。
 彼の言葉は、偽りの無い本心だ。本職のポーションの方が高品質で薬効が高いのは確かであるし、渡したポーションが「間に合わせ」程度のものであるのも事実である。
 あわよくばこれを機にギルドにいくばくかの恩を売り、信用を勝ち取れれば……と考えたが、それは依頼をこなすことで自然と信用は積み上がると思えるため、優先度は低い。


「……さて、依頼も終わったし、ポーションも渡せたことだし、そろそろ帰るとするかな。腹も減ったしなぁ……」

 今日のお昼は何にしようかと考えながらギルドを後にしようとしていたセロの肩が、ぐいっと何者かに掴まれる。「一体誰だ?」と後ろを振り返ると、そこにはどこか不機嫌なロータスが立っていた。

「セロさん……? 冒険者がギルドを通さずに依頼を受けることはままありますが、何もココで受けなくても宜しかったのでは?」
「うえ゛っ……? い、いやぁ……何か緊急事態っぽかったし、多少は目をつぶってもらえるかなー……なんて思ってみたり?」

 低い声音で呟くロータスの言葉に、セロは冷汗を流しながら小さく舌を出して子どもながらの可愛いらしい声を作って返答する。

「えぇえぇ、仰る通り、緊急事態ではありましたね。ただ、事前に一言、ギルドの方に言ってもらえれば良かったのでは? それに、いくら欲が無いとはいえ、あれほどまでに低廉な価格でポーションを売却されると、今度は薬師たちの方から不満が出て来るのですよ。そこの辺り、どう調整するか……言葉では言い表せないほどの交渉と根回しが必要なのですが……それをお分かりで?」

「…………」

(やっべえええぇぇぇマズったあああぁぁぁ!)

 セロはここに至り、自分の軽率さに気がついた。ギルドも組織である以上、その運営には一定の資金が必要となる。通常、その資金源はギルドに出された依頼の手続きや報酬から「手数料」として納められているものなのだが、セロが行ったのは、間に入るギルドを抜かした直接取引だ。

 本来、こうした直接取引は、ギルドの目がない場所で行われるのが原則とされている。だが、セロはあろうことかその取引を「ギルドの中で」やってしまったのだ。しかも、取引のブツはここ最近になって値が上がっているポーションである。
 ギルドは薬師の作成可能量や流通量などを勘案して普段は在庫を調整しているのだが、セロの行為はそれを無視したものとなる。

 ポーションは冒険者に限らず、一般民の間でも必需品だ。そこに「ミニ・メイキングボックス」を所有するセロが現れるとどうなるか。結果は最悪のところ「薬師の廃業」という事態にもなりかねない。ましてや、セロは冒険者だ。その身分から薬師たちにギルドが不要な突き上げを食らうケースも想定される。

「さてさて。これはどうO・TO・SHI・MA・Eをつけてもらおうかしら」

 言葉は柔らかであるものの、口を開いたロータスの目は笑っていない。ちらりと視線を横にズラすと、そこには涙目で頭を押さえるファレナの姿があった。どうやらロータスにこっぴどく怒られたのか、彼女が口を開くたびに「ヒィッ!」と小さく声を上げてビクリと身を震わせている。

(まぁ怒られるのも無理ないよな……故意ではないにしろ、巻き込まれたワケだし)

「そうねぇ……聞けば、とんでもなく便利な精霊導具があるそうじゃない? なら――取り急ぎ、ウチに確保しておきたい分の在庫を賄ってもらおうかしら。そうそう、まだ陽も高いし、材料はご自分で・・・・確保できるでしょう? こんなに早く依頼を終わらせられるんですものね」
「え゛っ!? いや、それはちょっと……」

 ロータスがあからさまに「ふと思いついた」という表情で突き付けた条件に、セロはさすがに表情を強張らせながらも言い淀む。

「あらっ? あらあらあら……そんなことを言える立場だとお思いで? ギルドで保管していた空き瓶を勝手に持ち出したのはどこの誰だったかしら~?」
「い、いえっ! もちろん問題ないですよぉ? ハハッ……えぇ、全然っ! これっぽっちも!」
「まぁ、頼もしいですわね。では、それでお願いしますねぇ~」


「は、はぃ……」


 表情はパッと笑っているものの、ひしひしと伝わるロータスの静かな気迫に、セロは顔を引き攣らせつつ「承諾」の旨の言葉を紡ぐほか選択肢が無かった。
 
 結局その後、セロはロータスの監視下のもと、先ほど使用したミニ・メイキングボックスでポーションを製作する羽目に陥る。

 その数、ざっと――2,000本。しかも、材料は全てセロの持ち出しである。

 当然ながら報酬は無く、セロが解放されたのはとっぷりと日が暮れた夜になってからであった。
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