グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

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 セロがカウンター前でひと騒動を起こしていた頃、カラクたちホワイトナイツのメンバーは、ギルドマスターへ取り次いでもらうように職員に掛け合い、執務室へ向かっていた。

 案内していた職員が扉をノックし、カラクたちを伴って中へ入ると、グリムのギルドマスターを務める青年――グロース=レギナントは丁度来客対応中であった。
 肩で切り揃えられた金髪に翡翠色の瞳を持つこの青年は、齢30を超えたばかり。一見してひ弱そうに思える人物だが、その外見には似合わず冒険者たちからの信頼は厚く、内外からの評価は高い。

 しかし、いつも執務室で籠って書類仕事に忙殺される日々を送っているため、「ポーションが手離せない」と嘆いているのだが。

「失礼します。ギルドマスター、ホワイトナイツの方々が、直々に報告すべきことがあるとのことで御連れ致しました」
「うん? あぁ、すまないね。ただ……今は来客対応中でね……」

「いえ、そちらが終わってからでも問題ありません。ただ……できればそちらの方も・・・・・・一緒に聞いてもらえると色々と手間が省けるかと思います」

 カラクはチラリとグロースの来客相手の方を見つつ、口を開く。彼の視線の先には、この街で精霊導具及び精霊武具の製作・販売を行う「マレーン商会」会頭のイルネ=ヴィルヴィアの姿があった。

「あら……それはそれは。何か面白い話でも聞かせてくれるのかしら? いいわよ、こちらの話はほぼほぼ終わったから、是非ともうかがいたいものね」
 微笑を浮かべながら告げるイルネに、対するグロースは頭を掻きながら「まぁこっちの言うべきことは言ったから」とカラクに顔を向ける。

「……ということです。それじゃあ聞かせてもらおうか、カラク。その『報告すべきこと』というのを」

 話を振られたカラクは、短く「はい」と返事をした後、これまでのことを両者に話し始める。


「イルネさんも居ますので、経緯も含めて説明します。私たちはギルドの依頼を受け、ここより北に位置する『スタイプスの森』に起きている異変の調査に赴きました」
「スタイプスの森、か……確か、強力な魔物がいるとされるあの森でしょう? よくもまぁそんな危険度の高い依頼を受けたものねぇ」
「それは仕方がないんだよ、イルネ。依頼を受けて無事に帰って来られそうだったのがカラクたちしかいなかったんだからから。他の冒険者たちに被害が出ている以上、黙って見過ごすことはできないよ。それに日を追うごとにその被害は拡大していたからね。運悪く他の高ランク冒険者たちは皆この街から離れた場所での依頼に出向いてしまっているしね……」

 イルネの指摘に真向かいのソファに座るグロースがため息混じりに言葉を返す。彼としても苦渋の決断であったのか、吐き出された息が重かった。

「えぇ、実際この目で見た異変は想像以上でした。森の外縁部に猪や狼といった中型の魔物に出くわしましたし、野生動物の死骸があちこちに転がっている有様でしたから」
「なるほど……それはこちらの想定以上の深刻さですね。まだ森の中で収まっている異変ではあるものの、いつこの街に襲いくるかも分からない。至急ギルドの方で冒険者たちを集めて対策に――」

「いえ、それは不要です」

 カラクの報告を耳にしたグロースが今後の方針を検討しようとした矢先、カラクは彼の発言が言い終わる前に口を開く。

「はっ……? ふ、不要って、一体どういうことだい?」
「なぜなら、その元凶と目される魔物は、すでに討伐したからですよ」
「すでに……討伐、した……? あれほどの異変を生む元凶を? ちょ、ちょっと待ってくれ。あまりにも飛躍し過ぎて理解が追い付かない。ちなみに聞かせてくれないか? その元凶とやらは一体何だったんだい?」

 グロースはカラクの発言に目を見開いて驚きつつ、さらに訊ねる。やがて彼の口から飛び出したその名に、グロースに限らずその場にいたイルネも驚いた。

「ーー鎧獅子です。あの災害級の魔物が森の中心部にいました。おそらく他所からやってきたんでしょう。あの魔物は単騎でも相当な力を持ちます。外縁部にいた中型の魔物は、かの魔物の力を恐れて逃げてきたんでしょうね」
「バカなっ!? 鎧獅子と言えば、ギルドでも指折りの実力者が率いる複数のクランが相互に連携してやっと討伐できる相手だ! それを……君たちでか!?」
「私もその魔物の名前くらいは聞いたことがあるわ。確か、全身を硬い装甲に覆われた獅子の魔物でしょう? 前に聞いた話じゃあ、討伐のために何十人もの人員を掻き集めてやっと倒せた難敵だと耳にしたことがあるわ。それを……貴方たちだけで?」

 カラクの言葉に、グロースはその場から立ち上がって声を上げ、イルネはスッと目を細めて疑いの目をホワイトナイツの面々に向けつつ問いただした。

「確かに、お二人の言う通り、鎧獅子は災害級に分類される難敵です。さすがに無傷の相手を前に挑んで討伐することはできなかったでしょう。ただ、今回は二つの幸運がありました。一つは、相手は他の魔物と戦闘していたため、その疲弊した隙を突けたことと。そしてもう一つ……この場にはいない協力者の存在がありましたから」
「協力者……?」

 グロースの反射的な返しに、カラクが頷きながら言葉を続ける。
「えぇ。『セロ』という白髪の少年です。彼の協力があったればこそ、今回の討伐は無事に終えられたようなものです」
「へぇ……このギルドの実力者として名のあるクラン、ホワイトナイツのリーダーの口からそんな話を聞けるとは思わなかったねぇ。随分とその少年のことを買ってるじゃない?」
「それはそうですよ、イルネさん。その少年は私たちの恩人ですから。彼は鎧獅子の討伐前に限界を迎えていた私たちの精霊武具を――貴方の商会が製作した私たちの武具をメンテナンス・・・・・・してもらいましたし」

 カラクが発した最後の言葉に、イルネはピクリと眉を上げて反応を示すと、その口の端を持ち上げながら呟く。

「へぇ……それは実に興味深い話ねぇ。その少年……セロと言ったかしら。もしそれが事実なのだとしたら、彼は私のところで組んだ精霊武具の構文を把握したということになるわね。うん……その子、機巧師としての技術がズバ抜けて高そうね」
「そうなのか?」
 イルネの説明に、横で聞いていたグロースが言葉を挟む。問われたイルネは、グロースの方に顔を向けてさらに話を続けた。

「それはそうよ。通常、精霊構文は組んだ人間でしか分からないケースも多い。何故なら、その記述には多かれ少なかれその機巧師に特有のクセのようなものがあるからね。構文の解読には時間がかかる。解読に二、三日かかるのもおかしくは無い。他人の構文を解読した上で機能を損なわずにメンテナンスするにはそれなりの技量が要求されるのよ」
 一通り説明を終えたイルネに、今度はカラクの言葉が割って入る。

「いえ、それは若干の誤解がありますね。確かにセロは私たちの精霊武具をメンテナンスしました。しかしながら、私たちの武具をメンテナンスしたその所要時間はわずか4時間ほどです。さらに言えば、『機能を損なわず』ではなく、『より効率的に』が正しいですね。事実、彼が組み上げた精霊構文により、精霊術の発動が今までよりも少ない精霊力で行えるようになりましたから」
「いやいや、嘘をつくなら、もっとマシなものにしなさいな。あれだけの複雑な精霊構文をたった4時間ほどで解読を終えた上に構文を書き換えたと? ……自慢じゃないけど、貴方たちに渡した武具は、どれもウチの商会では一級品に相当するものよ?」

 返ってきたカラクの言葉に、イルネはやや真剣味を帯びた表情を浮かべて問い返す。その答えとばかりに、カラクはその腰に吊っていた剣を鞘から引き抜き彼女の前に差し出した。
「……」

 カラクから剣を受け取ったイルネは、その懐から細い真紅のフレームでできた眼鏡を取り出し、レンズ越しに武具を見つめる。彼女の取り出した眼鏡は、そこに記された精霊構文を読み取るためのアイテムで、機巧師の必須アイテムの一つである。
 黙したままセロの組み上げた構文を見たイルネは、やがてその相好を崩し、小さく肩を上下させると堰を切ったように笑い声を上げた。

「クックックッ……アッハッハッハ! す、素晴らしいわ! こんな……こんな書き方があるとは思いもよらなかった! 確かにこの記述なら、精霊力の消費量はぐんと抑えられるでしょうね。それに、これほどまでに構文量が少ないのなら、発動にかかる時間も早くなる」
 先ほどまで纏っていた空気が一変し、イルネはまるで無邪気な子どもが目を輝かせて食い入るように精霊構文を見つめる。

「それほどなんですか? あまり私にはピンと来ませんけど……」
 対するグロースは喜色満面ではしゃぐイルネとは対照的に、訝しんだ表情を見せた。

「あぁ、まぁ貴方は機巧師では無いからねぇ。見ただけでは分からないでしょうよ。ただ断言できる。この構文を組んだ人間は……私よりも腕がある」
「なっ!? それは本当ですか!?」
「こんな状況で嘘を言ってどうする。紛れもない事実さ。それに――」
「それに?」
 発言の途中で言葉を切ったイルネに、グロースが鸚鵡返しして訊ねたが、彼女は「いや、何でもないわ」と続く言葉を語らなかった。

(それに……こんな構文記述はこれまで見たことがない。まるで最初から他人が見ることを想定しているように、読みやすく、かつ分かりやすく記述が施されている。これを見ると、今まで自分が記述していた構文が、どれほど非効率なものだったのかが思い知らされる。一体何者なの、そのセロという少年は……)

 イルネは内に湧いた興味を抱きながら、静かに剣をカラクに返却した。

「それでだ。イルネの反応を見る限り、その協力者であるセロという少年は有能な人材だろう。ただ、ギルドとしては災害級たる鎧獅子を討伐したと言われても、素直に『はいそうですか』と受け入れることはできない」
「それは確たる証拠がない……からですね?」
 グロースの言葉に、カラクが先回りして結論を口にする。

「そうだ。残念ながらね」
 カラクの発言に、グロースは頷きながら呟く。側で聞いていたイルネも同意見らしく、言葉は発しないまでも小さく頷いて自らの態度を表した。

「ならば、その『確たる証拠』とやらを実際にその目で見てもらうことにしましょうか」

 カラクは隣に立つ仲間たちに目配せしつつ、静かに告げる。他の仲間たちもカラクの意図を汲んだのか、イタズラが成功した子どものような微笑を湛えながら「そうだな」と口々に賛成の言葉を述べていく。

「はっ? 待ってくれ。鎧獅子の遺体がここにあるというのかい? だが、君たちがここに来るまでの間、そんな報告は職員たちからは一言も……」

 鎧獅子はどんなに小さくとも体長数メトル、体重は100キラムを超える巨躯を誇る魔物である。それほどの巨体を引っさげて街に入ろうとすれば、嫌でも目立つものだ。そうした場合、当然ながらギルドにも報告が入るはずなのだが、グロースは今の今までついぞそんな報告は受けてはいない。

「ちょっとワケあって鎧獅子の遺体は別の場所に保管しているんですよ。ギルドから『物証を見せろ』と言われるだろうとは予想していましたしね。そろそろ向こうも・・・・手続きが終わった頃でしょうし、裏手でギルドマスター立会いのもと、検分してもらった方が確実かとも思いましたからね」
「……わかったよ。そうまで言うなら見せてもらおうじゃないか」
「えぇ、是非。来てもらったら、『どうやって運んで来たのか』という疑問も解消できるかと思いますよ?」
 カラクの意地の悪い言葉に乗せられ、グロースは頭を掻いてその場から立ち上がる。

「あぁ、セロ君に興味があるなら、イルネさんも一緒に来た方がいいと思いますよ?」
「何ですって?」
 立ち上がったグロースを見たアルバが、未だソファに腰を下ろしたままのイルネに声をかける。

「だって……話題の鎧獅子の遺体を保管しているのは、セロ君ですから」
「……ということは、私も行けばその少年に会えるというわけね」
「えぇ。というより、会ってみたいでしょ?」
「……何故断言できるのよ」
「顔に書いてありますから」
 微笑を浮かべたまま告げるアルバに、イルネは「やれやれ」と呟きつつもその腰を上げた。

「きっと驚くと思いますよ? 私たちもあの子には散々驚かされましたから」
「それは楽しみねぇ。どんな驚きをもたらしてくれるのやら……」
 アルバの笑みに釣られるように、イルネはわずかに相好を崩し、カラクが開けた扉からグロースとともに部屋を出て行く。

 ――だが、この時二人はまだ知らない。


 グロースはセロの持つ常識外れな実力を
 イルネはセロの持つ常識外れな知識を。
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