グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_021

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 ――時は遡り、セロが森の中に構えた家でホワイトナイツの面々に料理を振舞っていた頃。

 これから一行が向かうこととなる街ーーグリムの中央で栄える繁華街から一歩裏へと抜けた通りにある酒場、その地下に設けられた一室に、ある一組の男女がテーブルを挟んで着席していた。

 店に入ってすぐの場所に設置された複数のテーブルでは、今日も街の人間たちが酒を片手に飲み明かしている。時折席から上がる笑い声やがなり声がフロア内にこだまし、木製のジョッキをぶつけ合う音がそこかしこから上がる。しかしながら、そうした喧騒から切り離されたこの地下の一室には、地上の喧騒を羨むかのように静かな空気が漂っていた。

「……ねぇ、デラキオ。最近、貴方のところが機巧師の人員を拡大していると耳にしているのだけれど、肝心の商いの方はどうなのかしら。人員を急に拡大すると、何かと遣り繰りが大変でしょう?」

 薄暗い室内に設けられた大きなテーブル。その真上に設置されたランプの精霊導具が照らす光を浴びながら、真紅のベストに同色のミニスカートを身に纏った一人の女性が、真向かいの椅子に腰を降ろす太った壮年男性――フェルメド=デラキオに向けて涼やかな声音を室内に響かせながら問いかける。発言した女性の名は「イルネ=ヴィルヴィア」いい、その外見から察するに、20代後半の若き女性と思われた。

 程よく張った胸とくびれた腰、そしてすらりと伸びる足から、男性から告白された経験は両手では数えきれないほどだろう。足を組み換え、微笑を浮かべながら訊ねる彼女ではあったが、その瞳の奥にはどこか問いかけた相手を探るような思惑が見え隠れしている。

「グフフ……あぁ、まぁそうだな……こちらはいつもと変わらないという感じだな? 確かにわしの『デラキオ商会』は最近になって機巧師を拡大しているのは事実だ。だが、それがすぐさま懐にマイナスというわけでもあるまい。おかげさまで仕事は順調に入ってきているわけだからな。それがどうした?」

 デラキオは突き出た腹を揺らし、でっぷりと肉のついた顎を擦りながら返答しつつ、その粘ついた視線を問いかけた本人に向ける。彼の言葉を受けたイルネは、その顔を真剣な面持ちへと変え、さらに問いかけた。
 
「そう……『それほど変わらない』のね。いいわね、貴方のところは。こっちはどこかのバカが精霊導具の製作や修理に使用する精霊石や精霊結晶、鉱石なんかの原料の買い占めをしているおかげで、台所が火の車だってのに……」

 イルネはまるで射殺すようにその目をスッと細め、先ほどとは打って変わって低い声音で呟く。

「オイ、まさかこの儂が『買い占め』などという愚かな行為をしているとでも言いたいのか?」
「あら、そこまで言ってないでしょう? 私はただ、世間話をしているだけよ。ただ……知り合いの商人を問い詰めたら、ここ最近貴方のトコの商会が『意図的に』素材を買い漁っては値を吊り上げているって口にしたのよ。もしそれが事実だとしたら、あまりにも身勝手過ぎるとは思わない?」

 ややトーンを上げたデラキオの言葉に、イルネは再び微笑を浮かべて告げる。だが、その笑みには触れる者を切り裂くほどの鋭さと冷たさが宿っていた。

「まったく……よくもまぁそのようなとんでもない推測を並べられるものだな。その商人というのはどこのどいつだ? 儂が直々にシメてやる」
「まぁ物騒ね。でも残念。私がそれを言うと思う?」

 デラキオはじっとイルネを見据えながら物騒な言葉を発するが、彼女の表情はピクリとも変化しない。やがてデラキオは興味が失せたように「クッ……女狐が」と小さく吐き捨ててイルネから視線を逸らした。

「それで? かの商人が言っていたことは事実なのかしら。事と次第によっては、貴方のトコへ強制的に入らせてもらうことになるけど?」
「ハッ! そうまでして犯人に仕立て上げたいのなら、証拠を持って来い、証拠を。だいたい、『買い占め』などとはとんだ言いがかりだ。こちらは次から次へと依頼が舞い込んで来ているのだ。それにどの案件も短納期なものが多くてねぇ。舞い込む依頼をこなすためにはそれなりの材料が必要なのだよ。それが相場よりも高い値で仕入れることとなろうがな。それに商売というのは信用が第一だ。依頼主の提示した納期に間に合わせるためには、多少の赤字は覚悟したとしても、それに応えるべきだろう? 儂のトコはおたくらみたいにこじんまりとした商会じゃあないんでの」

 イルネの向かいに座るデラキオは、彼女の糾弾を鼻で笑いながらつらつらと理由を述べていく。

(白々しい……)
 余裕の笑みを見せながら紡がれる彼の理由を耳にしたイルネは、内心舌打ちをしつつそんな思いをそっと吐き出した。確かにデラキオがトップを務める「デラキオ商会」は、このグリムに存在する機巧師たちが数多く所属する大手商会である。そのため、行政から民間まで、数多くの案件をデラキオ商会は抱えているのはイルネも承知していた。
 だが――

「それでも、最低限のルールは守って欲しいわね。精霊石や精霊結晶、その他作成に必要な材料を貴方の商会がゴッソリ買い付けているんでしょう? そのおかげでこっちが仕入れられる量がかつての三分の一以下になっているのは事実だもの。こっちにだって客はいるの。こっちの商いはとんと進まないばかりか、挙句の果てには客に見限られて依頼先を変更されるなんて事態が続いているのよ」

 他の商会があるにも関わらず、自分たちのところで独り占めしようなどとは言語道断だと暗に指摘する。

「ほぅ、そんなことになっているとは……いやはや、とんだ災難・・だったな」
 ため息交じりに出たイルネの言葉に、デラキオはニマニマと意地の悪い笑みをその顔に貼り付かせ、わざわざ語尾を強調して同情めいた言葉を投げかける。

「そうね、確かに災難と言えるものよね。でも、ここ最近では、それに加えて『機巧師の転籍』が相次いでいる。移籍先を聞けば、貴方のトコが圧倒的に多いんだけど、これはどういうことかしら?」
「おいおい、妙な勘繰りは止めてくれないか? 確かに儂の商会は大所帯だ。だが、強引な勧誘など何もしていないぞ? 移籍してきたその機巧師たちも、ウチでの給料が魅力的だったからだろうよ」

 イルネの追及に対し、デラキオはその口の端をわずかに持ち上げつつ、余裕の笑みを浮かべて彼女の指摘に返答する。

「……確かに、貴方の言うことも一理あるでしょうねぇ。だけど、それを考慮しても、最近の移籍はちょっと目に余るほどよ? 貴方も分かっているでしょうけど、私たちのような精霊導具を製作・販売する商会にとって、機巧師の存在は必要不可欠。主要な人員を引き抜いてしまえば、商会そのものの存続にかかわるのは言うに及ばず。仮に機巧師の移籍を強引に行っているのだとすれば――それは意図的に他の商会を潰しにかかっていると同じと言えるわよ? そんな横暴、まかり通るとは思わないことね」

 返答を受けたイルネは、ギリッと奥歯を噛んでもどかしさを押し殺しつつ、言葉を発する。しかし、明確な証拠を突き付けられることができず、結局は彼女の強がりな発言で終わってしまった。

「ハッ! そんなことはいちいち言われなくても分かっておるよ。第一、移籍うんぬんの話にしたって他所のトコロでは日常的に起きている話であろう? さっきも言ったが、ここ最近の移籍は儂が出している条件が魅力的に思われた結果だからだろうさ。言っておくが、移籍うんぬんに儂は関与していないぞ? 強引に引き抜いているというのなら、それこそ証拠を持って来いという話だ。これ以上、儂の商会を吊るし上げようという魂胆であるのなら、お主ら……タダではおかぬぞ……」

 イルネの言葉に、対するデラキオはギロリと彼女の顔を睨みつけながら脅しにも似た言葉を放つ。

「あぁ、気を悪くしたらごめんなさい。ただ、ちょっと気になっただけだから、事前に貴方に話を通しておいただけよ。自分の与り知らないところでこんな勘繰りをされていたら、不愉快でしょう?」
「ハッ、そりゃどうもスマヌな。話はそれだけか? 悪いが、これでも商会を預かる身なんでね。儂も何かと忙しいのだよ」

 わずかに眉を八の字に曲げて謝罪の言葉をかけるイルネに、デラキオは胸の内に湧き上がる苛立ちを吐き捨てるように言葉を発すると、そのまま席を立って彼女の前から立ち去った。

「……ふむ。証拠ねぇ――私の言葉にいちいち反応する貴方のその姿そのものが、何よりも雄弁に物語っていると思えるのだけど。まぁいいわ。いずれ近いうちに――その尻尾を掴んでみせるわ」

 残されたイルネは彼が出ていった扉を見つめながら小さく呟く。その彼女の目は、まるで獲物を狙う獣のそれと同じ印象を抱かせた。

◆◇◆

 一方、イルネとの話し合いを切り上げたデラキオは、地上へと出ると酒を飲み会う住人たちの間をすり抜けるように店の外に出る。そしてデラキオは店の脇に止めていた馬車に乗り込む。
「コンラット……『計画』の方は順調か?」
 先ほどのイルネとのやりとりを思い返して不機嫌な面を見せていたデラキオだったが、直後には口の端を吊り上げ真向かいに座る男に問いかける。
 デラキオに問われた男――コンラット=ユニシスは、彼の問いに眼鏡をかけ直して静かに呟いた。
「はい。『計画』の方は順調です。会頭の手筈通り、各機巧師商会には客に扮したウチの手の者が依頼という形で『難題』を持ち込んでいます。物資の供給が絞られ、人員の少ない状況下では、あの難題を期限内に解決させることはできないでしょう」

「ならば予定通り、計画を前に進めるか……」

 コンラットの報告に気を良くしたデラキオは、ニヤリと笑みを浮かべながら零す。
(物資のルートに人員の拡充、それに他商会の機能低下……さぁて、舞台はほほま整った。あとは……)
 デラキオは自身の思い描く未来図に、自然と頬が緩む。

 ――だが、この時はまだ誰も知らなかった。
 偶然この街にやって来たセロが、彼の計画を思いもよらない方へと導くなどとは。
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