黒の創造召喚師

幾威空

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続編幕前話 ――Before the curtain――

《Before the curtain05》 デジャヴ

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 翌朝、「ヴァルハラ」の料理番も兼ねているツグナは、毎日のクセから薄らと朝陽が室内に差し込むと同時にむくりとベッドから起き上がった。

「くふぁ……さぁて、今日はどんな――」

 ガリガリと寝癖のついた頭を掻き、あくびを噛み殺しつつ、キッチンに向かう彼が目にしたのは、鼻歌混じりにスープの入った鍋を掻き混ぜ、リズミカルな音で食材を刻むレイラの姿だった。

「おー、早いな。おはよう。もっとゆっくり寝てても大丈夫だぞ? 時間になったら起こしに行こうかと思ってたんだが」
「どうもです。そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫ですよ。朝早いのはいつものことですし」
 ツグナはレイラの申し出をやんわりと断り、「手伝いますよ」と朝食の準備を買って出る。

 そのテキパキと無駄のない、スムーズな動きに、レイラは「やれやれ」と呆れ顔で軽く息を吐いた。

(まったく……どれだけソアラあのこは恵まれた環境にいるのやら)

 彼女は既にツグナを「相当なハイレベルの冒険者」であると見抜いていた。身体つきもさることながら、その動き、視線の配り方、仲間との信頼関係……そのどれもがレイラの上をいっている。特に彼の腰に下げられた武具――「爛顎樟刀らんがくしょうとう」は、レイラが思わず身を強張らせるほどの風格と力を持っている。

 窮地でも背中を預けられる仲間がいることが、どれほど恵まれているか――過去に冒険者として大陸各地を巡っていたレイラは、それを嫌というほど理解している。

 加えて、ツグナの料理の腕は、第三者である彼女から見ても素晴らしいの一言だ。実際に昨夜、彼によって振る舞われた料理を口にしたレイラは、そのあまりの美味さに軽くソアラを嫉妬したほどなのだから。

 食事は「衣食住」の基本的な営みで最もベースとなるものだ。冒険者として活動する上で、他の二要素は基本的にどうにかなる。街なら宿を取ればいいし、衣服も購入すればいい。

 しかしながら、食事だけはどうしても自分で用意しなければならない事態が発生する。それは夜の森であったり、魔物が徘徊する薄暗い迷宮ダンジョンであったりと危険を伴う場合もある。また、美味い食事は士気を上げる。士気が上がれば、探索の効率も上がり、依頼達成の確率も上がる。

 もっとも、ツグナの場合、幼少期は自分で食料を調達しなければならなかったため、自然と料理のスキルが身についただけなのだが。

 そしてパンの焼ける香ばしい匂いと食欲をそそるスパイシーなスープの匂いに釣られ、ソアラやキリアたちが続々と目を覚まして居間にやって来る。
「今日の朝食は俺とレイラさんの合作だ。スープはレイラさんが、パンと付け合わせのサラダは俺だ。さぁて、冷めないうちに食べようぜ」
 席に着いたソアラたちに、配膳するツグナがまだ眠たげな目を擦る彼女たちを見て笑いながら呟く。ほどなくしてテーブルを埋め尽くす朝食に、完全に意識が覚醒した彼女らは、勢いよく温かな料理を食べ始める。

 そして、みるみるうちに用意した料理が空になり、あともう少しで全員が食べ終えるその時、

「た、たい…… 大変だ!」

 一人の狐人族の若い男が、ぜぇぜぇと息も絶え絶えにレイラの家に駆け込んで来た。

「うん? 何だ? 一体どうしたんだ?」
 食後の紅茶を啜りながら問いかけたレイラに、駆け込んで来たその男は張り詰めた空気を纏わせつつ呟く。

「オークが……オークの群れが近づいています!」
「オークだと? あの豚共がどうした? 力はあっても知恵がない奴らだぞ? ウチの里の者でも十分に対処できるだろう?」
「そ、それが……」
 言葉の端々に不愉快さを混ぜつつも泰然とした態度で問いかけるレイラに、男はさっと顔を青褪めさせ、歯切れ悪く答える。
「何だ?」
「……その数、優に1,000を超えています! 見張りの者からの報告では、群れの中には精鋭エリート将軍ジェネラルの姿も確認されています」
「なっ!? エリートにジェネラルだと!」
 報告を受けたレイラは、驚愕のあまり席から立って鋭い声を上げる。

「くっ……マズイぞ。この里で戦闘に参加できるのは、せいぜい50が限度。しかも、碌に戦闘訓練なぞしていない者も多くいる。そんな戦力で里の皆を守りながら戦う? ……ハッ! 冗談にも程があるぞ」
 報告をもとに、頭の中で素早く算段をつけたレイラは、唇を噛みながら「無理だ」と結論づける。彼我の物量差はおよそ20倍。しかも、相手方には一筋縄にはいかない精鋭エリート将軍ジェネラルの存在も確認されているのだ。

「ヤツらがここに来るまで……どのくらいかかる?」
「およそ1時間もあれば……」
「くっ! まさか、夜のうちに行軍していたとでも言うのか!?」
 視界の効かない暗闇の中を、千を超える魔物が移動する。それはまさしく異常事態に他ならない。
「これは……『キング』もしくは『皇帝エンペラー』が生まれた、と見るべきか」
「っ――!? オ、オーク・キングにオーク・エンペラーですか……」
 男はレイラの呟いた言葉に、思わず緊張した面持ちでオウム返しに呟いた。

 ――オーク・エンペラー。それは数あるオークの中で最強の、将軍級を超える格を持つオークである。この魔物が生まれるのは、数百、あるいは数千年に一度とも言われる非常に珍しい魔物である。しかしながら、このオーク・エンペラーが誕生したら最後、その首級クビを獲るまで破壊と暴虐の限りを尽くすと記録では残されている。
 もともと、オーク種は筋力STR耐久VITに優れた魔物だ。参考までに、ゴブリン種は敏捷AGI器用DEXに優れ、オーガ種は各種ステータスが満遍なく伸びる万能型の傾向が見られる。
 
(どうする……残された時間はおよそ1時間弱。その間に里の女子どもを安全圏まで移動できるか……?)

 ここまで受けた報告の内容から、レイラは頭の中で最善の方策を弾き出そうと思考を回転させる。
 しかし、どう頑張っても時間が足りなさ過ぎた。里の男衆を総動員したとしても、圧倒的な物量差を前に、稼げる時間は十分かそこらが限度だろう。
 その程度の時間など、もはや焼け石に水と同じだ。彼女の頭には、無残な骸を晒す仲間の姿しか思い浮かばなかった。
 その時――

「な~んか、こういったシチュエーション……『前にもあったな』って思うのは俺の気のせいか?」
 必死になって策を練るレイラとは対照的に、ツグナが小さく肩を揺らしながら呟く。
「ちょ、ちょっと待ってよツグ兄っ! 今回ばかりは・・・・・・私たちは関与してないからね!」
「えぇ、そうですよ兄さん。私たちにそんなことができる力が無いことは、兄さんが一番良く知っているじゃないですか」
 チラリと目を向けたツグナの視線の先に座る双子の妹たちは、彼の問いかけに対して必死になって無罪を訴える。
「ははっ。分かってるって、そのくらいは。それで、だ。その『オーク・エンペラー』って魔物……危険度ランクがどのくらいかって知ってるか?」
 やや不機嫌さの混じった妹たちの言葉に、ツグナは笑いながら新たな質問を発する。
「そうね……通常のオークがランクD+。精鋭エリートはC、将軍ジェネラルはB-だったと思うわ。それを加味すると……皇帝エンペラーはB+といったところじゃないかしら。いずれにしても、パーティー単位でどうこうできるレベルではないハズよ、普通なら・・・・ね」
 発せられた彼の質問に、キリアが顎に手を当てながら答えを口にする。

 その言葉を耳にしたツグナは、大きく口の端を吊り上げながらポツリと呟く。
「そうかそうか。なら――俺たちなら問題なさそう・・・・・・だな」

 一瞬何を言っているのか分からなくなったレイラは、耳に届いた言葉の意味が分からず、徐に訊ねてしまう。
「ちょ、ちょっと待って! い、今……何て言ったの?」
 驚愕の表情を露わにレイラから訊ねられたツグナは、不敵な笑みを見せながら言葉を紡ぐ。

「えっ? そのままの意味ですよ? 俺たちならその『オーク・キング』や『オーク・エンペラー』の首級を獲れそうだ、と。あぁ、何でしたら――ちょっと獲って来ましょうか?」

 まるで「そこの店まで買い物に」とでも言いたげな雰囲気でさらりと告げるツグナに、レイラは軽く目眩を覚える。
 一方、そんな珍しく戸惑いを見せる母親の姿に、ソアラはくすりと笑いながら添えるように呟いた。
「信じ難いかもしれないけれど、ここは一つツグナに任せてみてよ。きっと大丈夫だから」
「えっ? あっ……うん。それじゃあ――お願い、ね」
 屈託のない笑みを見せながら告げる娘に押され、レイラは流されるままにぎこちなく頷きながら申し出る。
 彼女の申し出を受け、ぐっと親指を立てたソアラに、ツグナは頷きながら宣言する。

「うっし。里長の許可も下りたことだし、いっちょ派手にやりますかね!」

 彼の発した声に応じるように、ソアラ・キリア・リーナ・アリアの各人はやる気十分、といった顔で頷いて答えるのだった。

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以下、アトガキ。

・ツグナの「前にもあった」&それに続くリーナとアリアのセリフ→ 詳しくは書籍版3巻参照。どのシーンかピンと来た方は凄い。
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