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瞑想の砂漠
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夕食後のひとときをわたしは瞑想に費やす。無音に包まれた自室の中央で座禅を組み、無心を心がけて時の流れに身を委ねる。それがわたしにとっての瞑想だ。
瞑想を習慣化して随分経つが、無心になれたことは一度もない。
わたしは当初、努力を続ければいずれ報われるに違いない、と考えていた。それがやがて、無心になることではなく、無心になろうとすることにこそ意義があるのだ、と考えを改めた。しかし最近になって、無心になろうとしているから無心になれないのではないか、と疑い始めた。しかしながら、無心になろうとせずとも無心になれると本気で考えていたわけではなかったので、夕食後に座禅を組んで無心になろうと努める習慣は改めなかった。
その日の夕食後、座禅を組んだわたしは、無心になろうとする努力を止めることにした。座禅を組んだまま、将来の夢、明日の仕事のこと、初恋の思い出など、考えるべきことや、考えたいと思うことについて考えた。すると、無心がわたしに近づいてくる感覚を覚えた。無心に身を委ねたいという激しい欲求に駆られたが、自制し、なおも過去や未来や現在について思案した。
不意に浮遊感を覚えた。導かれるように床を見下ろす。わたしの体は座禅を組んだ姿勢のまま、床から十センチほど浮いていた。とうとう無心になったのだ。
宙に浮いたまま、わたしは移動を開始した。部屋を抜け、階段を下り、玄関から外に出る。屋外に出たのを契機に、もっと速く、と念じた。途端に爆発的に加速し、薔薇色の光がわたしを包んだ。
気がつくと、広大な砂漠地帯をわたしは飛行していた。地面を掠めるように飛ぶので、ひっきりなしに砂埃が舞うが、特殊な力でも働いているのか、砂粒が顔にかかることは一切ない。正面から吹きつける風のお陰で暑さは感じない上、見晴しがいいので、非常に快適だ。
やがて遙か前方に人らしき物体が倒れているのが見えた。あまり加速すると、薔薇色の光に別空間に連れ去られてしまう。逸る気持ちを抑えて人影のもとへ向かう。
人魚だった。頭髪はブロンド、下半身を覆う鱗は薔薇色。砂の上に横たわり、尾鰭を弱々しく動かしている。やつれた顔、掠れた声で、譫言のように同じ言葉を繰り返している。
「オアシスだぁ。やっと見つけたぞぉ。わぁい、わぁい……」
可哀想に。疲労と渇きのあまり、ないはずの水があると思い込んでいるのだ。無心になることに成功した者として、彼女にしてやれるアドバイスは一つしかない。
「座禅を組みなさい。そして、無心になることを求めないようにしなさい。そうすれば無心になれる。迷いから醒める」
そう言った直後、気がついた。人魚には脚がないから、座禅が組めない。
無心になる以外に人魚が助かる方法は、いくら思案しても思いつけず、わたしは沈黙に沈んだ。やがて人魚は泳ぎ疲れ、息絶えた。
骸を砂の中に埋葬し、わたしは再び座禅を組む。
無心になれ、無心になれ。
その方法では無心にはなれないと分かっていたが、そう自らに言い聞かせた。
瞑想を習慣化して随分経つが、無心になれたことは一度もない。
わたしは当初、努力を続ければいずれ報われるに違いない、と考えていた。それがやがて、無心になることではなく、無心になろうとすることにこそ意義があるのだ、と考えを改めた。しかし最近になって、無心になろうとしているから無心になれないのではないか、と疑い始めた。しかしながら、無心になろうとせずとも無心になれると本気で考えていたわけではなかったので、夕食後に座禅を組んで無心になろうと努める習慣は改めなかった。
その日の夕食後、座禅を組んだわたしは、無心になろうとする努力を止めることにした。座禅を組んだまま、将来の夢、明日の仕事のこと、初恋の思い出など、考えるべきことや、考えたいと思うことについて考えた。すると、無心がわたしに近づいてくる感覚を覚えた。無心に身を委ねたいという激しい欲求に駆られたが、自制し、なおも過去や未来や現在について思案した。
不意に浮遊感を覚えた。導かれるように床を見下ろす。わたしの体は座禅を組んだ姿勢のまま、床から十センチほど浮いていた。とうとう無心になったのだ。
宙に浮いたまま、わたしは移動を開始した。部屋を抜け、階段を下り、玄関から外に出る。屋外に出たのを契機に、もっと速く、と念じた。途端に爆発的に加速し、薔薇色の光がわたしを包んだ。
気がつくと、広大な砂漠地帯をわたしは飛行していた。地面を掠めるように飛ぶので、ひっきりなしに砂埃が舞うが、特殊な力でも働いているのか、砂粒が顔にかかることは一切ない。正面から吹きつける風のお陰で暑さは感じない上、見晴しがいいので、非常に快適だ。
やがて遙か前方に人らしき物体が倒れているのが見えた。あまり加速すると、薔薇色の光に別空間に連れ去られてしまう。逸る気持ちを抑えて人影のもとへ向かう。
人魚だった。頭髪はブロンド、下半身を覆う鱗は薔薇色。砂の上に横たわり、尾鰭を弱々しく動かしている。やつれた顔、掠れた声で、譫言のように同じ言葉を繰り返している。
「オアシスだぁ。やっと見つけたぞぉ。わぁい、わぁい……」
可哀想に。疲労と渇きのあまり、ないはずの水があると思い込んでいるのだ。無心になることに成功した者として、彼女にしてやれるアドバイスは一つしかない。
「座禅を組みなさい。そして、無心になることを求めないようにしなさい。そうすれば無心になれる。迷いから醒める」
そう言った直後、気がついた。人魚には脚がないから、座禅が組めない。
無心になる以外に人魚が助かる方法は、いくら思案しても思いつけず、わたしは沈黙に沈んだ。やがて人魚は泳ぎ疲れ、息絶えた。
骸を砂の中に埋葬し、わたしは再び座禅を組む。
無心になれ、無心になれ。
その方法では無心にはなれないと分かっていたが、そう自らに言い聞かせた。
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