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多田先輩
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その事件は放課後、わたしたちが芝生広場でサッカーをしている最中に起きた。
グループ唯一の上級生、六年生の多田先輩の体が粒子状になったかと思うと、風に乗って空へ飛んでいったのだ。
三点を先に取った方が勝ちというルールのもとで試合を開始して十分少々、わたしが所属するAチームがタカシくんのゴールで先制点を挙げ、勢いづいた矢先の珍事だった。
「おい、多田先輩、飛んでいっちゃったぜ」
「いきなり無数の細かい粒になったけど……」
一同の間に動揺が走ったが、試合は間もなく再開された。気持ちを切り替えるのが上手いのではない。早くサッカーの続きがやりたかったのだ。真剣勝負ではなく、あくまで遊び。プレイヤーの総数が奇数でも、人数が少なくなるチームに実力者を割り振るなど、柔軟にチーム分けをしてきたので、多田先輩がいなくなっても、何人かのプレイヤーを入れ替えただけで済ませた。
しかし、そうは言っても、多田先輩が突然粒子状になって飛んで行った出来事は、小学五年生のわたしたちにはやはり衝撃的すぎた。先制点を奪った勢いに乗って、Aチームのエースストライカー・山本くんが二点目を上げてからは、みんなの動きは目に見えて鈍った。
「なあ、今日はもう止めない? だってほら、多田先輩が……」
「そうだな。いまいちテンション上がらないし……」
というわけで、試合を打ち切り、わたしたちは帰途に就いた。
家の方向が同じ者同士で固まって帰り道を歩く。サッカーと同じくらい好きなテレビゲームについて話をしたが、本日のサッカーの試合と同じく、盛り上がらない。
多田先輩。運動神経はむしろよくない方で、一学年下の僕たちに交じっても突出した存在ではなかった多田先輩が、まさかこんな形で影響力を発揮するとは。
帰宅後は宿題をした。半分ほど片付けたところで夕食時間になったので、家族と一緒に食べる。
わたしの家では、七時のNHKニュースを観ながら夕食をとる。本日のトップニュースは、北朝鮮が太平洋に向かってミサイルを飛ばす計画を立てている、というもの。
「日本に落ちるんじゃないかなぁ。怖いなぁ」
と、弟。
「同盟国の日本にミサイルを落としたら、アメリカが黙っていないよ。北朝鮮もアメリカと戦争はしたくないから、日本に落とさないように気をつけると思うよ」
と、父。
「そのつもりでも、なにかアクシデントがあって、日本に落ちるかもしれないでしょ」
と、姉。
「ミサイルを飛ばさないのが一番いいんだろうけど、国のトップがあれではねぇ」
と、母。
みんな、北朝鮮のことはどうでもよさそうだな。そんなことを思いながら、わたしは黙々と夕食を食べた。
翌日の放課後、天気がよかったので、わたしたちはサッカーをするために芝生広場に集合した。いつものメンツが勢揃いしたが、その中に多田先輩の姿はなかった。一同の間に動揺が走ったが、すぐにチーム分けをするための協議に入った。
わたしたちは多田先輩と一緒にサッカーをするのが好きなのではない。サッカーをするのが好きなのだ。
グループ唯一の上級生、六年生の多田先輩の体が粒子状になったかと思うと、風に乗って空へ飛んでいったのだ。
三点を先に取った方が勝ちというルールのもとで試合を開始して十分少々、わたしが所属するAチームがタカシくんのゴールで先制点を挙げ、勢いづいた矢先の珍事だった。
「おい、多田先輩、飛んでいっちゃったぜ」
「いきなり無数の細かい粒になったけど……」
一同の間に動揺が走ったが、試合は間もなく再開された。気持ちを切り替えるのが上手いのではない。早くサッカーの続きがやりたかったのだ。真剣勝負ではなく、あくまで遊び。プレイヤーの総数が奇数でも、人数が少なくなるチームに実力者を割り振るなど、柔軟にチーム分けをしてきたので、多田先輩がいなくなっても、何人かのプレイヤーを入れ替えただけで済ませた。
しかし、そうは言っても、多田先輩が突然粒子状になって飛んで行った出来事は、小学五年生のわたしたちにはやはり衝撃的すぎた。先制点を奪った勢いに乗って、Aチームのエースストライカー・山本くんが二点目を上げてからは、みんなの動きは目に見えて鈍った。
「なあ、今日はもう止めない? だってほら、多田先輩が……」
「そうだな。いまいちテンション上がらないし……」
というわけで、試合を打ち切り、わたしたちは帰途に就いた。
家の方向が同じ者同士で固まって帰り道を歩く。サッカーと同じくらい好きなテレビゲームについて話をしたが、本日のサッカーの試合と同じく、盛り上がらない。
多田先輩。運動神経はむしろよくない方で、一学年下の僕たちに交じっても突出した存在ではなかった多田先輩が、まさかこんな形で影響力を発揮するとは。
帰宅後は宿題をした。半分ほど片付けたところで夕食時間になったので、家族と一緒に食べる。
わたしの家では、七時のNHKニュースを観ながら夕食をとる。本日のトップニュースは、北朝鮮が太平洋に向かってミサイルを飛ばす計画を立てている、というもの。
「日本に落ちるんじゃないかなぁ。怖いなぁ」
と、弟。
「同盟国の日本にミサイルを落としたら、アメリカが黙っていないよ。北朝鮮もアメリカと戦争はしたくないから、日本に落とさないように気をつけると思うよ」
と、父。
「そのつもりでも、なにかアクシデントがあって、日本に落ちるかもしれないでしょ」
と、姉。
「ミサイルを飛ばさないのが一番いいんだろうけど、国のトップがあれではねぇ」
と、母。
みんな、北朝鮮のことはどうでもよさそうだな。そんなことを思いながら、わたしは黙々と夕食を食べた。
翌日の放課後、天気がよかったので、わたしたちはサッカーをするために芝生広場に集合した。いつものメンツが勢揃いしたが、その中に多田先輩の姿はなかった。一同の間に動揺が走ったが、すぐにチーム分けをするための協議に入った。
わたしたちは多田先輩と一緒にサッカーをするのが好きなのではない。サッカーをするのが好きなのだ。
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