グッバイ童貞

阿波野治

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vs林&二葉①

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 スーパーマーケットに着替えと飲み物を買いに行った際、近くにバスの停留所があるのを見かけたが、そのバス停から路線バスに乗ることになった。

「これにずっと乗っていれば『メリー』の近くで停まるから。そうは言っても、降りてからちょっと歩かなきゃいけないけど」

 乗り込む際の三花の説明だ。
 平日昼前のバスの車内は空いている。腰を下ろしたのは、後ろから二番目の左側の座席。降り口に近い席に老婆が二人、通路を挟んで座っていたが、俺たちが乗り込んで二つ目の停留所で一人が、五つ目の停留所でもう一人が下車した。新たに乗り込んでくる客はいない。窓外から次第に建物と通行人が減少し、反比例するように草木が増加していく。
 二人目の老婆が降りるや否や、三花が俺の肩にもたれかかってきた。横目で窺うと、瞼を閉じている。眠気というよりも、疲労感に苛まれているように見える。無防備な表情、車内の静けさ、伝わってくる体温。それらが三位一体となり、緩やかに劣情を煽る。
 前の座席が障害物となり、運転手の目は届かないはずだ。ちょっかいをかけたい欲求が疼いたが、行動に移すのは自制した。
 二葉。一樹。ゴールはもう目の前まで来ている。

 窓外から人家が途絶えた。前方に小高い山がそびえている。道は緩やかに蛇行しながら山へと向かっている。
 単調な揺れに身を任せているうちに、早乙女四方子のことを思い出した。
 所属するグループの女子から一方的にいじられる役回りだったとはいえ、今日明日にも死にそうな負のオーラを発していたわけではなかった彼女が、なぜ校舎の屋上から飛び降りたのか。その謎について改めて考えてみる。

 虐め。
 真っ先に浮かんだ可能性がそれだった。大人しくて目立たないタイプの生徒が自殺を決行するとすれば、十中八九それが理由だ、という先入観があったからだろう。
 早乙女四方子が虐められているシーンを見たことは一度もないが、見落としていただけの可能性がないとも言い切れない。
 早乙女四方子は虐めを苦に飛び降り自殺を図った。それが真相だとすれば、誰から虐められていたのだろう?

 草刈みりあ、だろうか。
 草刈が誰かを虐めている光景を見たことは一度もないが、刃物を持った彼女に襲われるという経験をしただけに、自殺を決意させるほどの凄惨な虐めの首謀者が草刈、というイメージはしっくりきた。
 早乙女四方子が飛び降りた原因は、草刈の虐め。
 それが真相だとすれば、草刈はなぜ、早乙女四方子を虐めていたのだろう?
 思案はそこで行き詰まった。

 虐め云々は、俺の勝手な想像に過ぎないのだろうか?
 自らに問いかけて、不意に気がつく。
 命を狙われる事態に巻き込まれ、三花に協力する羽目になったのは、早乙女四方子が飛び降りたのと同じ日だった。
 さらに言えば、早乙女四方子と三花姉妹は、苗字が同じ早乙女だ。

「……まさか」

 思わずこぼれた声に反応して、三花の瞼が開いた。
 早乙女四方子の飛び降りのことを話すべきか、黙っておくべきか。
 バスが停留所を通過し、録音された音声が次なる停留所の名称を報せる。

「あ、次がそうだから。降りる準備よろしく」

 三花はそう告げて、あくびと伸びを同時に行う。
 戦いの舞台は目前に迫っている。早乙女四方子のことは後回しにしよう。そう心に決めた。

「随分と辺鄙なところにあるんだな」
「客が滅多に来ないお店なの。小さい頃は家族総出でよく食べに行ったけど、最近は全然行ってないから、今はどうなっているのかな。二葉お姉ちゃんが『予約しておく』って言ったし、営業はしてるんだろうけど」

 目的の停留所に到着し、下車する。小高い山の麓。周辺は道路と山を除けば、雑草が生え放題に生えた平地が広がるばかりだ。
 三花はバスが走り去った方向へと道を進み、すぐに脇道に入った。道幅は何とか肩を並べて歩けるほどで、山を右手に見ながらほぼ真っ直ぐに伸びている。路面はほどなくアスファルトから土へと変わり、道の左右に繁茂する雑草の密度が濃くなる。

「武器、一つも持ってないな、俺たち」

 大地を踏み締めるごとに募る不安を誤魔化すように呟く。

「ないものは仕方ないから、あるもので戦うしかないんじゃない? 『獅子の心』の時みたいに」

 俺を安心させるために発したに違いない言葉に、却って不安は高まったが、弱音を吐くのは控えた。そうすることで、不安が一層高まる結果となっては意味がない。
 前方に建物が見えた。一階建てで、屋根は紺色、外壁は白亜。小屋と呼ぶのが相応しいサイズで、少し古びた印象だ。
 三花は少し逡巡したのち、ノックをせずにドアを押し開けた。ドアベルの涼やかな音が鳴る。

「いらっしゃいませ」

 執事服を着た人物が出迎えた。男性用の服装だが、胸の膨らみから女性だと分かる。銀色の長髪を後頭部で一つに括っている。満面に湛えられているのは、どこか人を見下したような微笑み。

「ようこそお越しくださいました。早乙女三花様に、佐藤友也様」
「誰? あたし、あなたのことは知らないんだけど」
「名乗るほどの者ではありません。私は単なる二葉様の下僕ですから」

 三花の眉間に皺が寄る。言い返そうとする素振りを見せたが、言葉は発さなかった。銀髪の女性は唇の片端を吊り上げる。

「二葉様が奥でお待ちです。どうぞ、こちらへ」

 女性は俺たちに背を向け、遅くも速くもない速度で歩き出す。俺と三花は目配せをし、頷き合い、後に続く。
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