グッバイ童貞

阿波野治

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始まりの飛び降り

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 金網が揺れる音に俺は顔を上げた。
 かったるい全校集会の、かったるい校長の話の最中。どこからか異音が聞こえてきたら、誰だって音源に注目する。俺だってそうする。 
 視界に映ったのは、十数メートル前方に建つ四階建ての校舎の屋上。転落防止のために張り巡らされた金網フェンスを、何者かがよじ登っている。
 屋上は風が強いらしく、黒い長髪と制服のスカートがはためいている。我が千本松高校の制服だ。
 遠くてはっきりしないが、顔に見覚えがある気がする。
 鼓動が、少し速まった。

「で、むかついたから、そいつにこう言ってやったの。みりあは好きでやっているんだから――」

 左隣から聞こえてくる、草刈みりあのセーブされていない話し声に気を散らされながらも、目を凝らす。
 女子生徒はフェンスをよじ登るのに苦戦しているらしい。網目に手足をかけられるのだから、障害物の中では比較的登りやすい部類に入るはずだ。彼女に不足しているのは体力か、運動神経か、それとも――。
 女子生徒の顔がフェンスの上に出た。
 一瞬、世界が停止した。
 早乙女だ。俺と同じクラスに所属する、早乙女四方子。
 何で早乙女があんな場所に?

 呆気に取られている間に、早乙女は登頂に成功し、校庭を向く形でフェンスに腰かけた。両足には黒のハイソックスしか履いていない。
 まさか、これって。
 突然、フェンスの上の体が前傾した。ただバランスを崩したにしては、角度があまりにも急すぎる。そして早乙女は、これ以上傾くのを阻止しよう、という素振りを全く見せない。
 叫ぼうとしたが、声が出ない。
 早乙女の体がフェンスからこぼれ落ちた。頭を下にして、校舎の外壁を滑走するように一直線に降下する。

 その瞬間が訪れるまでの時間は、十秒にも二十秒にも感じられた。

 早乙女は頭から地面に衝突した。着地の衝撃で、体が半分に圧縮されたように見えた。自身の背丈ほどの高さまで跳ね上がり、再度地面に叩きつけられる。回転しながら校舎から遠ざかり、朝礼台の短い階段の上り口で停止する。気をつけの姿勢で地面に俯せに横たわり、朝礼台に足を向ける形でのフィニッシュだ。
 早乙女は身じろぎ一つしない。朝礼台が風を遮っていて、髪の毛やスカートは一ミリたりとも揺らがない。
 生身の人間が校舎の屋上から飛び降りた。
 あの高さから落ちて、地上で停止した後は全く動かない。
 これって、まさか。

「以上で終わります」

 校長はお定まりの一言で長広舌を締め括り、一礼した。朝礼台から下りようと、体を九十度右に回して、肥満した体は硬直する。視線の先では、早乙女四方子が身じろぎ一つせずに横たわっている。
 鳥が一斉に飛び立つ羽音がどこからか聞こえた。
 けたたましい絶叫が校庭に響き渡った。
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