21 / 61
コンビニ⑤
しおりを挟む
猛烈な羞恥の念が込み上げてくる。
赤の他人に対して、必要のないことを、どうしてこうもべらべらとしゃべれるんだ? さすがに会計が終わるまでの間だとは思うが、俺としては「さっさと終わってくれ」、その一念だ。他人の迷惑も顧みずにしゃべりまくることが、「温めますか?」を上手く切り抜ける秘訣だって? そんなの、まっぴらごめんだ。
ヘンリエッタの突拍子もない振る舞いに、俺は最初、否定的な気持ちがかなり強かった。あと一歩か二歩のところで、彼女の行為をやめさせるべく動き出すところだった。
しかし、困惑一辺倒だった女性店員の顔に起きた変化を目撃した瞬間、感情は百八十度性質を変える。
突然、女性店員の表情が次第に明るさに包まれていき、柔らかさを帯びていった。そして、最終形として、百人いれば百人が認めるような笑顔になったのだ。
いきなり話しかけられた店員は、当然のことながら戸惑っただろう。しかし話に耳を傾けているうちに、ヘンリエッタの陽性の無邪気さに気がつき、次第に微笑ましい気持ちになっていった。とはいえ、今は仕事中。感情を抑えようという意識はある程度働いたはずだが、それでもずるずると表情は緩んでいく。そして、とうとう、明確な笑顔になった。
ようするに、ヘンリエッタはそれだけの魅力を備えている。
いや、彼女は俺に手本を見せようとしたのだから、こう言うべきだろう。赤の他人が相手でも、にこやかにフレンドリーに話しかけさえすれば、その結果は決して悪いものにはならない、と。
彼女が手本を示してみせた方法が、俺の場合も成功するとは限らない。というか、多分無理だ。教えを胸にコンビニで弁当を買ったところで、ある種の精神障害を患っているレベルのコミュニケーション弱者の俺が、ヘンリエッタのように和気あいあいと赤の他人と世間話できるはずがない。
ただ、前途に淡い光が射した気がする。
この世の中は、そこまで悪くないかもしれない。夢と希望に満ち溢れているわけではないにせよ、俺が認識しているものよりも、幾分かは。
会計、温める作業、両方ともがつつがなく終わり、ヘンリエッタは商品が詰まったレジ袋を受けとった。俺と合流し、店の外に出る。
「どうだった? 人としゃべることくらいどうってことないって、だんだん思えてきたんじゃない?」
俺は人としゃべらない、ではなくて、しゃべれないのだ。たった今のヘンリエッタの発言は、はっきり言って不愉快な部類に属するのだが――なぜだろう、今回は全く気にならなかった。言葉こそ返さなかったが、内心では「そうかもしれない」と思った。実際には上手くいかないだろうし、積極的に行動しようとは思わないが、ヘンリエッタの発言は真理から大きく外れてはいないのだろうな、と。
赤の他人に対して、必要のないことを、どうしてこうもべらべらとしゃべれるんだ? さすがに会計が終わるまでの間だとは思うが、俺としては「さっさと終わってくれ」、その一念だ。他人の迷惑も顧みずにしゃべりまくることが、「温めますか?」を上手く切り抜ける秘訣だって? そんなの、まっぴらごめんだ。
ヘンリエッタの突拍子もない振る舞いに、俺は最初、否定的な気持ちがかなり強かった。あと一歩か二歩のところで、彼女の行為をやめさせるべく動き出すところだった。
しかし、困惑一辺倒だった女性店員の顔に起きた変化を目撃した瞬間、感情は百八十度性質を変える。
突然、女性店員の表情が次第に明るさに包まれていき、柔らかさを帯びていった。そして、最終形として、百人いれば百人が認めるような笑顔になったのだ。
いきなり話しかけられた店員は、当然のことながら戸惑っただろう。しかし話に耳を傾けているうちに、ヘンリエッタの陽性の無邪気さに気がつき、次第に微笑ましい気持ちになっていった。とはいえ、今は仕事中。感情を抑えようという意識はある程度働いたはずだが、それでもずるずると表情は緩んでいく。そして、とうとう、明確な笑顔になった。
ようするに、ヘンリエッタはそれだけの魅力を備えている。
いや、彼女は俺に手本を見せようとしたのだから、こう言うべきだろう。赤の他人が相手でも、にこやかにフレンドリーに話しかけさえすれば、その結果は決して悪いものにはならない、と。
彼女が手本を示してみせた方法が、俺の場合も成功するとは限らない。というか、多分無理だ。教えを胸にコンビニで弁当を買ったところで、ある種の精神障害を患っているレベルのコミュニケーション弱者の俺が、ヘンリエッタのように和気あいあいと赤の他人と世間話できるはずがない。
ただ、前途に淡い光が射した気がする。
この世の中は、そこまで悪くないかもしれない。夢と希望に満ち溢れているわけではないにせよ、俺が認識しているものよりも、幾分かは。
会計、温める作業、両方ともがつつがなく終わり、ヘンリエッタは商品が詰まったレジ袋を受けとった。俺と合流し、店の外に出る。
「どうだった? 人としゃべることくらいどうってことないって、だんだん思えてきたんじゃない?」
俺は人としゃべらない、ではなくて、しゃべれないのだ。たった今のヘンリエッタの発言は、はっきり言って不愉快な部類に属するのだが――なぜだろう、今回は全く気にならなかった。言葉こそ返さなかったが、内心では「そうかもしれない」と思った。実際には上手くいかないだろうし、積極的に行動しようとは思わないが、ヘンリエッタの発言は真理から大きく外れてはいないのだろうな、と。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる