生きるのに向いていない

阿波野治

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コンビニ⑤

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 猛烈な羞恥の念が込み上げてくる。
 赤の他人に対して、必要のないことを、どうしてこうもべらべらとしゃべれるんだ? さすがに会計が終わるまでの間だとは思うが、俺としては「さっさと終わってくれ」、その一念だ。他人の迷惑も顧みずにしゃべりまくることが、「温めますか?」を上手く切り抜ける秘訣だって? そんなの、まっぴらごめんだ。

 ヘンリエッタの突拍子もない振る舞いに、俺は最初、否定的な気持ちがかなり強かった。あと一歩か二歩のところで、彼女の行為をやめさせるべく動き出すところだった。

 しかし、困惑一辺倒だった女性店員の顔に起きた変化を目撃した瞬間、感情は百八十度性質を変える。

 突然、女性店員の表情が次第に明るさに包まれていき、柔らかさを帯びていった。そして、最終形として、百人いれば百人が認めるような笑顔になったのだ。

 いきなり話しかけられた店員は、当然のことながら戸惑っただろう。しかし話に耳を傾けているうちに、ヘンリエッタの陽性の無邪気さに気がつき、次第に微笑ましい気持ちになっていった。とはいえ、今は仕事中。感情を抑えようという意識はある程度働いたはずだが、それでもずるずると表情は緩んでいく。そして、とうとう、明確な笑顔になった。

 ようするに、ヘンリエッタはそれだけの魅力を備えている。
 いや、彼女は俺に手本を見せようとしたのだから、こう言うべきだろう。赤の他人が相手でも、にこやかにフレンドリーに話しかけさえすれば、その結果は決して悪いものにはならない、と。

 彼女が手本を示してみせた方法が、俺の場合も成功するとは限らない。というか、多分無理だ。教えを胸にコンビニで弁当を買ったところで、ある種の精神障害を患っているレベルのコミュニケーション弱者の俺が、ヘンリエッタのように和気あいあいと赤の他人と世間話できるはずがない。

 ただ、前途に淡い光が射した気がする。
 この世の中は、そこまで悪くないかもしれない。夢と希望に満ち溢れているわけではないにせよ、俺が認識しているものよりも、幾分かは。

 会計、温める作業、両方ともがつつがなく終わり、ヘンリエッタは商品が詰まったレジ袋を受けとった。俺と合流し、店の外に出る。

「どうだった? 人としゃべることくらいどうってことないって、だんだん思えてきたんじゃない?」

 俺は人としゃべらない、ではなくて、しゃべれないのだ。たった今のヘンリエッタの発言は、はっきり言って不愉快な部類に属するのだが――なぜだろう、今回は全く気にならなかった。言葉こそ返さなかったが、内心では「そうかもしれない」と思った。実際には上手くいかないだろうし、積極的に行動しようとは思わないが、ヘンリエッタの発言は真理から大きく外れてはいないのだろうな、と。
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