2 / 61
飯野裕太という人間②
しおりを挟む
案の定、弁当は買わなかった。
誰とも一言も会話を交わすことなく、サンドウィッチと惣菜パンを四個、同じ味のカップ麺を四個、ペットボトルの緑茶四本を購入し、暗く染まりゆく空の下を帰宅している。
理由について説明するならば、勇気がなかった、その一言に尽きる。実際に店員とやりとりする場面をくり返し脳内でシミュレーションしたが、いくら試行錯誤しても、その結果をよいものにできなかった。だから、おにぎり・パン・カップ麺から抜け出せない、惨めな現在がある。
状況だけを切り取って直視すれば、深淵に墜落したとしてもなんら不可思議ではない。しかし、買い物という一仕事を無事に終えたあとだから、気分としてはむしろ爽やかだ。
想定外の出来事が起きなくて、よかった。
見知らぬ誰かから話しかけられてまごつく、などという事態が起きなくて、本当によかった。
……などと、深く、静かに、なおかつ心の底から安堵している俺がいる。
近所にある食料品店への食料の買い出しが、一仕事。この感覚に共感してくれる人間は、相当な熱を入れて探さない限り見つからないに違いない。
きっと、俺は病気なのだろう。
* * *
「もしもし、母さん」
「裕太、今なにしてるの。晩ごはんはもう食べた?」
「ついさっき。弁当とサラダ。最近あんまり野菜を食べてなかったから、食べなきゃと思ってサラダも買った」
「ああ、そう。それはええな。どんなお弁当?」
「唐揚げ弁当に、なんて言ったらいいんかな、まあ普通のサラダ。千切りキャベツとかレタスとかが入ってる」
「そっか。今日は授業ある日やったっけ?」
「うん、あった。午前中だけの日だったから、気持ち的にはかなり楽やったよ」
「そっか。何事もないなら、それが一番やね。じゃあ、また明日かける」
* * *
嘘だ。口走った言葉は、ことごとく嘘。あたかも、遠く離れた四国東部の地の住人に対してであれば、下手くそ極まる素人の小細工も見破られるおそれがないと高を括っているかのごとく、俺は平然と嘘を吐いた。
人と口頭でコミュニケーションをとるのが嫌だから・怖いから・恥ずかしいから、コンビニ弁当を食べたかったにもかかわらず、サンドウィッチを買って食べた。
ただそれだけの事情だったならば、かわいいものだった。しかし、真実は遥かにえげつなく、救いようがない。
大学の授業にはもう、三日も無断で欠席している。
その果てに待ち受けている具体的な景色を、俺の脳髄は思い描くことができない。ただ一つ、絶対的に正しいのは、
我が身は遠からず破滅に至る、ということ。
誰とも一言も会話を交わすことなく、サンドウィッチと惣菜パンを四個、同じ味のカップ麺を四個、ペットボトルの緑茶四本を購入し、暗く染まりゆく空の下を帰宅している。
理由について説明するならば、勇気がなかった、その一言に尽きる。実際に店員とやりとりする場面をくり返し脳内でシミュレーションしたが、いくら試行錯誤しても、その結果をよいものにできなかった。だから、おにぎり・パン・カップ麺から抜け出せない、惨めな現在がある。
状況だけを切り取って直視すれば、深淵に墜落したとしてもなんら不可思議ではない。しかし、買い物という一仕事を無事に終えたあとだから、気分としてはむしろ爽やかだ。
想定外の出来事が起きなくて、よかった。
見知らぬ誰かから話しかけられてまごつく、などという事態が起きなくて、本当によかった。
……などと、深く、静かに、なおかつ心の底から安堵している俺がいる。
近所にある食料品店への食料の買い出しが、一仕事。この感覚に共感してくれる人間は、相当な熱を入れて探さない限り見つからないに違いない。
きっと、俺は病気なのだろう。
* * *
「もしもし、母さん」
「裕太、今なにしてるの。晩ごはんはもう食べた?」
「ついさっき。弁当とサラダ。最近あんまり野菜を食べてなかったから、食べなきゃと思ってサラダも買った」
「ああ、そう。それはええな。どんなお弁当?」
「唐揚げ弁当に、なんて言ったらいいんかな、まあ普通のサラダ。千切りキャベツとかレタスとかが入ってる」
「そっか。今日は授業ある日やったっけ?」
「うん、あった。午前中だけの日だったから、気持ち的にはかなり楽やったよ」
「そっか。何事もないなら、それが一番やね。じゃあ、また明日かける」
* * *
嘘だ。口走った言葉は、ことごとく嘘。あたかも、遠く離れた四国東部の地の住人に対してであれば、下手くそ極まる素人の小細工も見破られるおそれがないと高を括っているかのごとく、俺は平然と嘘を吐いた。
人と口頭でコミュニケーションをとるのが嫌だから・怖いから・恥ずかしいから、コンビニ弁当を食べたかったにもかかわらず、サンドウィッチを買って食べた。
ただそれだけの事情だったならば、かわいいものだった。しかし、真実は遥かにえげつなく、救いようがない。
大学の授業にはもう、三日も無断で欠席している。
その果てに待ち受けている具体的な景色を、俺の脳髄は思い描くことができない。ただ一つ、絶対的に正しいのは、
我が身は遠からず破滅に至る、ということ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる