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決行の朝
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人間が活動する気配を感じる。寝室ではなく、キッチンから。
セックスと殺人をしたあとは空腹を催す、という旨の過去の発言が思い出される。また、意識がない状態の女性とセックスをするのは趣味に合わない、という意味のことも言っていた。しかし、碇たちを殺すのは今日の昼前という約束なのに、いったい誰を殺してきたのだろう。
そこまで考えたところで、もう一人のターゲットの存在を思い出した。
六か月間、隣人として付き合ってきた人間が、死ぬ。常人であれば、多少なりとも心が動く場面なのだろう。しかし、わたしは情緒面に欠陥がある人間だ。
着替えを手早く済ませる。気配の発生源へ足を運ぶと、ケンは食事中だった。生の食パンを右手に、ルビーのように艶やかないちごジャムの塊を左手に掴み、前者を後者にたっぷりとつけながら貪り食っている。
パンにジャムをつけるというよりも、のせるようにして最後の一口を食べたところで、わたしに気がついた。喉を鳴らして嚥下し、純朴な少年のように微笑む。
「ユエ! おっはよー。腹減ってたから、先に食ってた。悪いね、散らかして」
「トーストすればいいのに」
「だって面倒くさいんだもーん」
赤く汚れた左手を突き出してきた。二秒ほどのタイムラグを経て、行動の意図を察したわたしは、首と舌を突き出してジャムを舐め取る。性感帯ではない場所への愛撫を命じるのは、ケンとしては珍しい。
掃除が終わると、ケンは労わるように唇にキスをしてきた。さらには、両腕を背中に回して抱きしめられ、唇を貪られる。能動的な役割を受け持つことを促すような舌の動きだ。それに応じて、途中からこちらも舌を使う。
「殺したの? 連城フレデリカさん」
ようやく解放されたわたしは、口角から垂れた唾液を指先で拭いながら問う。
「ううん、殺してないよ。まだ殺してない」
彼自身を戯れのように弄びながらの、ケンの返答だ。
「もっとも、暴行はしたけどね。性的肉体的、両方の意味でね。なかなかのテクニックの持ち主だったよ。パイズリなんて、表彰ものの上手さだったぜ」
「AV女優なのだから、当然といえば当然じゃないかな」
「あっ、そうなの?」
興味津々といったふうに双眸が見開かれたので、フレデリカさんの職業関連――昨日の説明では省略した部分について話す。結局こうなるのだったら、昨日の時点で全て話しておけばよかった。そんな、つまらない後悔を淡く噛みしめながら。
「ふぅん、そっかぁ。そう言われれば納得するなぁ。喘ぎ声のわざとらしさとか。いるもんだねぇ、レアジョブな人間が身近に」
「殺人鬼の方がよっぽど希少価値が高いと思うけど」
「ははっ、そうだね。たしかにそうだ。灯台下暗しってやつだね」
「殺していないという話だけど、フレデリカさんの現状は?」
「監禁してる。といっても、隣の部屋にじゃないよ。S町一丁目に廃屋があって、ぼくは秘密基地って呼んでいるんだけど、そこに監禁してあるんだ。暴行もそこでした。発声は封じてあるし、身動きできないようにしてあるから、逃げ出す心配も、誰かがあの女の存在に気づく可能性もないよ。プロフェッショナルのぼくが断言するんだから間違いない」
ひまわりのような笑みを浮かべ、調理台の上に胡坐をかく。股間から突出したものは天を指している。
「殺さなかったのには理由があるの?」
「んー、なんとなく。性欲処理要員としては優秀だし、リアクションが面白いから、もう少しいたぶってやろうかなと思って。あっ、セックスをする相手として連城の方が上、ということじゃないよ? ぼくにとっての一番はユエだから。揺るぎなくユエだから」
「殺人に関しては全面的にケンに任せているから。最終的に処分してくれるのであれば、生かそうが犯そうが自由にしてくれていいよ」
「もちろん殺すから、その点に関しては心配しないで。じゃあさ、せっかく連城はまだ生きているわけだし、今から見に行く? ネタばれは慎むけどね、ちょっと面白い状態になってるよ」
「でも、昼前からショッピングモールでしょう」
携帯電話を確認する。ケンが「昼前」を、具体的にいつからいつまでと想定しているのかは定かではないが、現在時刻は午前九時半。時間にそうゆとりがあるとは思えない。そもそも、フレデリカさんの現状に興味はなかったが、
「行くとすれば、四人を殺し終わってから、かな」
ケンの機嫌を取るという意味で、妥協しておく。
「そうだね。じゃあ、終わったら秘密基地まで行くってことで。あ、行くといえばさ、ユエもショッピングモールまで来なよ。ぼくが人をどう殺すのか、ぜひとも見学していってほしいな」
「無理に決まっているでしょう。行動を共にしているのを誰かに見られて、関係性を疑われたら困る」
「違う、違う。仲よく手を繋いで行くんじゃなくて、ユエは別行動でショッピングモールまで行って、ぼくの犯行を陰から見守るってこと」
「ケンが犯行に踏み切るまで、あなたを尾行し続けろとでも言うの? それとも、『今から殺すから、どこそこまで来て』って携帯電話に連絡をくれるの? 指示された場所にわたしが到着するまでの間に、四人が他の場所に移動するかもしれないのに? 様々な意味で無理があるんじゃないかしら」
「えー、そうかな?」
「犯行の邪魔をしたくないから、わたしは大人しく部屋にいる。帰ったら話を聞かせて」
フレデリカさんの様子を見に行くという要求を呑んだのだから、ケンもわたしの要求を呑んで。わたしが発信したその言外のメッセージを、受信したのか、していないのか。したとすれば、判断の決め手になったのか、なっていないのか。それは定かではないが、ケンは白い歯をこぼした。
「おっけ、分かった。ユエの意思を尊重して、そのプランでいこう。――でも、その前に」
調理台から飛び降り、わたしに体を密着させる。硬くなった彼自身でわたしの腹部を圧迫しながら、耳元にささやきかける。
「出発まで、いちゃいちゃしようぜ」
セックスと殺人をしたあとは空腹を催す、という旨の過去の発言が思い出される。また、意識がない状態の女性とセックスをするのは趣味に合わない、という意味のことも言っていた。しかし、碇たちを殺すのは今日の昼前という約束なのに、いったい誰を殺してきたのだろう。
そこまで考えたところで、もう一人のターゲットの存在を思い出した。
六か月間、隣人として付き合ってきた人間が、死ぬ。常人であれば、多少なりとも心が動く場面なのだろう。しかし、わたしは情緒面に欠陥がある人間だ。
着替えを手早く済ませる。気配の発生源へ足を運ぶと、ケンは食事中だった。生の食パンを右手に、ルビーのように艶やかないちごジャムの塊を左手に掴み、前者を後者にたっぷりとつけながら貪り食っている。
パンにジャムをつけるというよりも、のせるようにして最後の一口を食べたところで、わたしに気がついた。喉を鳴らして嚥下し、純朴な少年のように微笑む。
「ユエ! おっはよー。腹減ってたから、先に食ってた。悪いね、散らかして」
「トーストすればいいのに」
「だって面倒くさいんだもーん」
赤く汚れた左手を突き出してきた。二秒ほどのタイムラグを経て、行動の意図を察したわたしは、首と舌を突き出してジャムを舐め取る。性感帯ではない場所への愛撫を命じるのは、ケンとしては珍しい。
掃除が終わると、ケンは労わるように唇にキスをしてきた。さらには、両腕を背中に回して抱きしめられ、唇を貪られる。能動的な役割を受け持つことを促すような舌の動きだ。それに応じて、途中からこちらも舌を使う。
「殺したの? 連城フレデリカさん」
ようやく解放されたわたしは、口角から垂れた唾液を指先で拭いながら問う。
「ううん、殺してないよ。まだ殺してない」
彼自身を戯れのように弄びながらの、ケンの返答だ。
「もっとも、暴行はしたけどね。性的肉体的、両方の意味でね。なかなかのテクニックの持ち主だったよ。パイズリなんて、表彰ものの上手さだったぜ」
「AV女優なのだから、当然といえば当然じゃないかな」
「あっ、そうなの?」
興味津々といったふうに双眸が見開かれたので、フレデリカさんの職業関連――昨日の説明では省略した部分について話す。結局こうなるのだったら、昨日の時点で全て話しておけばよかった。そんな、つまらない後悔を淡く噛みしめながら。
「ふぅん、そっかぁ。そう言われれば納得するなぁ。喘ぎ声のわざとらしさとか。いるもんだねぇ、レアジョブな人間が身近に」
「殺人鬼の方がよっぽど希少価値が高いと思うけど」
「ははっ、そうだね。たしかにそうだ。灯台下暗しってやつだね」
「殺していないという話だけど、フレデリカさんの現状は?」
「監禁してる。といっても、隣の部屋にじゃないよ。S町一丁目に廃屋があって、ぼくは秘密基地って呼んでいるんだけど、そこに監禁してあるんだ。暴行もそこでした。発声は封じてあるし、身動きできないようにしてあるから、逃げ出す心配も、誰かがあの女の存在に気づく可能性もないよ。プロフェッショナルのぼくが断言するんだから間違いない」
ひまわりのような笑みを浮かべ、調理台の上に胡坐をかく。股間から突出したものは天を指している。
「殺さなかったのには理由があるの?」
「んー、なんとなく。性欲処理要員としては優秀だし、リアクションが面白いから、もう少しいたぶってやろうかなと思って。あっ、セックスをする相手として連城の方が上、ということじゃないよ? ぼくにとっての一番はユエだから。揺るぎなくユエだから」
「殺人に関しては全面的にケンに任せているから。最終的に処分してくれるのであれば、生かそうが犯そうが自由にしてくれていいよ」
「もちろん殺すから、その点に関しては心配しないで。じゃあさ、せっかく連城はまだ生きているわけだし、今から見に行く? ネタばれは慎むけどね、ちょっと面白い状態になってるよ」
「でも、昼前からショッピングモールでしょう」
携帯電話を確認する。ケンが「昼前」を、具体的にいつからいつまでと想定しているのかは定かではないが、現在時刻は午前九時半。時間にそうゆとりがあるとは思えない。そもそも、フレデリカさんの現状に興味はなかったが、
「行くとすれば、四人を殺し終わってから、かな」
ケンの機嫌を取るという意味で、妥協しておく。
「そうだね。じゃあ、終わったら秘密基地まで行くってことで。あ、行くといえばさ、ユエもショッピングモールまで来なよ。ぼくが人をどう殺すのか、ぜひとも見学していってほしいな」
「無理に決まっているでしょう。行動を共にしているのを誰かに見られて、関係性を疑われたら困る」
「違う、違う。仲よく手を繋いで行くんじゃなくて、ユエは別行動でショッピングモールまで行って、ぼくの犯行を陰から見守るってこと」
「ケンが犯行に踏み切るまで、あなたを尾行し続けろとでも言うの? それとも、『今から殺すから、どこそこまで来て』って携帯電話に連絡をくれるの? 指示された場所にわたしが到着するまでの間に、四人が他の場所に移動するかもしれないのに? 様々な意味で無理があるんじゃないかしら」
「えー、そうかな?」
「犯行の邪魔をしたくないから、わたしは大人しく部屋にいる。帰ったら話を聞かせて」
フレデリカさんの様子を見に行くという要求を呑んだのだから、ケンもわたしの要求を呑んで。わたしが発信したその言外のメッセージを、受信したのか、していないのか。したとすれば、判断の決め手になったのか、なっていないのか。それは定かではないが、ケンは白い歯をこぼした。
「おっけ、分かった。ユエの意思を尊重して、そのプランでいこう。――でも、その前に」
調理台から飛び降り、わたしに体を密着させる。硬くなった彼自身でわたしの腹部を圧迫しながら、耳元にささやきかける。
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