いかされ

阿波野治

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人殺しの朝

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 目覚めると、一糸まとわぬケンが隣で寝ていた。
 わたしのパジャマはボタンが全て外され、下半身に至ってはなにもまとっていない。寝るときには穿いていたショーツは、今はケンの右手が把持している。その手の様態は、両親が差し出した指を握りしめる赤子のそれを連想させる。

 寝顔をまじまじと見つめる。笑ったときと同様、あどけない。右頬に刻まれた狼のタトゥーは、ワイルドというよりも愛らしデザインであることに、今さらながらに気がつく。
 その狼を、人差し指で弱くつついてみる。

「うう……」

 半開きの口から呻き声が漏れた。緩慢に寝返りを打ち、背中をこちらに向ける。背中は広く、臀部は引きしまっている。少年というよりも男性の肉体だ。

 着替えを済ませる。わざわざ起こさずとも、匂いに誘発されて起きるだろう。そんな楽観論を胸に、朝食の支度をする。ゴミ箱近くの床に転がっている菓子パンの袋は、ひと仕事を終えたあとでとった食事の残骸だろうか。ケンは電子レンジを使えないから、すぐに食べられるものを少し多めに買っておくべきかもしれない。極力音を立てないように袋を丸め、ゴミ箱に捨てた。

 食パンをトースターにセットしたところで、大きくあくびをする声。ああ起きたんだな、と思いながら、冷凍庫からいくつかの食品を取り出す。
 様子を見に行くよりも早く、ケンがわたしのもとまで来た。予想がついていたことだが、衣服を身にまとっていない。ふああ、と口元を隠さずにあくびをする。目が合うと、満面の笑みで片手を挙げた。

「ユエ、おはよう! 今日もかわいいね!」
「おはよう」
「いい匂いがするけど、なにを作ってるの?」
「トーストとコーヒー。あとは、冷凍食品をいくつか温めようかと」
「その言い方、普段はトーストとコーヒーで済ませてる感じ?」
「ええ。市販の菓子パンも食べるけど、基本的には。朝はそんなにおなか空かないから」
「だめだよー。しっかり食べないと大きくならないよ。特に――」

 わたしの背後に回り込んでおっぱいを鷲掴みする。

「ここが成長しないよ。ま、ぼくはこのサイズも好きだけどね。むふふ」

 優しく、それでいて執拗に揉みしだく。くり返し、くり返し、首筋に唇をつける。耳朶を甘噛みする。されるがままになっておいて、食パンが焼き上がったところで束縛をほどき、支度を再開する。
 ケンがすんなりわたしを諦めたのは、空腹だからか。それとも、短いなりに共同生活を送るうちに、協調性が育った結果なのか。

「殺人の件だけど」

 ダイニングテーブルに着き、ブラックコーヒーを一口すすったところで、ケンに尋ねる。その時点で彼は、六枚切りの食パンにピーナツバターを塗ったものを一枚、からあげを三つ、フライドポテトを約二十本、マカロニグラタンを一皿、胃の腑に収め、溢れるほどに蜂蜜をつけた二枚目の食パンを食べていた。

「昨日、深夜に家にいなかったよね。殺しに出かけたんだったら、詳細を教えてくれないかな」
「あっ、分かった? うん、いいよ。話す、話す」

 爽やかな笑顔で肯定し、トーストを大きくかじる。口の中を空にしてから、

「殺してきたよ。しょっぱなってことで、ユエをいじめていたアホの中から一人選んで。えーっと、名前はなんていったかな。ぶくぶく太った――」
「高井」
「そうそう、高井」
「どうして、高井を最初に殺したの?」
「きみの胸を執拗に触っていただろう。だからだよ」

 食い意地が張っている高井は、四人に先んじて昼食を済ませたため、一時的に四人とは異なる行動を取った。わたしのおっぱいを弄んでいた時間が長かったのは、それゆえだ。

「オープニングに相応しく、念入りに痛めつけて殺してやったよ。具体的に言うと――」

 食べながらのケンの語りを、わたしは食事をしながら耳を傾ける。もともと理路整然と話すタイプではない上、気持ちの昂りも相俟って、供述はいささか混乱していて分かりにくかった。頭の中で構成し直し、最小限推敲したならば、内容は以下になる。
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