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フレデリカとの会話
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「お弁当、買ってくるね」
性欲を解消したのに満足して、裸でベッドに寝ころんでいるケンに声をかける。彼は反射的に上体を起こし、わたしを見た。
「それと、明日以降の食料も。ケンは食欲旺盛だから、多めに買っておかないと」
わたしが学校へ行っている間は、家にあるものはなんでも好きに食べていい。大量にある冷凍食品を念頭に、そう伝えていたのだが、ケンは電子レンジの使い方が分からないらしい。わたしが彼の食欲を過小評価していたのもあって、カップ麺とパンは粗方食べ尽くされていた。
「ぼくも行く――と言いたいところだけど、だめなんだよな、目立つのは」
「ええ。いっしょに行動するのは避けた方がいいと思う。大声を出すのも、できれば」
「ユエが異常なんだよ。あんなに気持ちいいのに喘ぎ声なしとか」
「気持ちよさは感じないから」
「体質の問題とはいえ、へこむ発言だよねー、それ。まっ、そんなところも好きなんだけど」
「セックスのときだけじゃなくて、普段の声もだけど」
「あっ、そう? そんなに大きい?」
「充分に。今後気をつけてくれればそれでいいから。それじゃあ、行ってくるね」
* * *
スーパーマーケットの精肉コーナーで、顔見知りの姿を見かけた。
相葉先生だ。上体を七十度ほど傾けて、パックを手に取ったり戻したりをくり返している。
二回も声をかけてもらったのだから、挨拶くらいするべきかもしれない。今後、もしものことがあったときはよろしく、という意味も込めて。
教師は自校の生徒を気にかけるのが当たり前なのだから、過大に評価する必要はない。ここは学校ではないのだから、プライベートな時間を尊重して、そっとしておくべきだ。
対応に迷っているうちに、先生が肩からなにかを提げていることに気がつく。
驚いた、とは違うが、その意外さに、思わず食い入るように見つめてしまう。
――漆黒の竹刀袋。
相葉先生はパックを陳列棚に戻し、通路を歩き出した。その横顔には、表情というものがない。
* * *
「あっ、おかえりー」
帰宅したわたしを出迎えたのは、フレデリカさん。一階と二階を繋ぐ階段の最上段に腰を下ろした彼女は、一つ下の段に素足を置き、シート状の気泡緩衝材の気泡を一つ一つ潰している。
「ユエちゃんのことを待ってたの。話したいことがあったから。ま、いないならいないでもよかったんだけど、でもまあ、よかったよかった」
緩衝材をぐしゃぐしゃっと丸め、手すり越しに投げ捨てる。丸まったそれはゆっくりと落下し、微かな着地音を立てた。フレデリカさんはベビードールの胸元から手を入れ、おっぱいの側面をかく。
「えっと、ここでいい? それとも、あたしの部屋に行く?」
「では、この場で。話というのは?」
フレデリカさんは頬杖をつき、二度三度と頷く。笑みの度合いは、顔を合わせた瞬間よりも深まったようだ。
「朝ちょっと話をした、昨日からユエちゃんのところにいる男の人のこと。ていうか、男の子? あたしよりも年下っぽいし。友だちっていう話だったけど、その子のことをもっと詳しく知りたいんだよね。かわいい顔をした、右頬にタトゥー入れた彼のことを」
朝は外見までは知らなかったはずだ。つまりフレデリカさんは、朝から現在時刻に至るまでのどこかで、ケンの姿を見た。五人の顔を見に部屋を発ったときか、帰宅したときか。そのどちらかのタイミングだろう。
しかしケンは、フレデリカさんについて一言も言及しなかった。
彼の中では、取るに足らない人物という認識なのか。それとも、フレデリカさんに盗み見られたことに気がついていないのか。
性欲を解消したのに満足して、裸でベッドに寝ころんでいるケンに声をかける。彼は反射的に上体を起こし、わたしを見た。
「それと、明日以降の食料も。ケンは食欲旺盛だから、多めに買っておかないと」
わたしが学校へ行っている間は、家にあるものはなんでも好きに食べていい。大量にある冷凍食品を念頭に、そう伝えていたのだが、ケンは電子レンジの使い方が分からないらしい。わたしが彼の食欲を過小評価していたのもあって、カップ麺とパンは粗方食べ尽くされていた。
「ぼくも行く――と言いたいところだけど、だめなんだよな、目立つのは」
「ええ。いっしょに行動するのは避けた方がいいと思う。大声を出すのも、できれば」
「ユエが異常なんだよ。あんなに気持ちいいのに喘ぎ声なしとか」
「気持ちよさは感じないから」
「体質の問題とはいえ、へこむ発言だよねー、それ。まっ、そんなところも好きなんだけど」
「セックスのときだけじゃなくて、普段の声もだけど」
「あっ、そう? そんなに大きい?」
「充分に。今後気をつけてくれればそれでいいから。それじゃあ、行ってくるね」
* * *
スーパーマーケットの精肉コーナーで、顔見知りの姿を見かけた。
相葉先生だ。上体を七十度ほど傾けて、パックを手に取ったり戻したりをくり返している。
二回も声をかけてもらったのだから、挨拶くらいするべきかもしれない。今後、もしものことがあったときはよろしく、という意味も込めて。
教師は自校の生徒を気にかけるのが当たり前なのだから、過大に評価する必要はない。ここは学校ではないのだから、プライベートな時間を尊重して、そっとしておくべきだ。
対応に迷っているうちに、先生が肩からなにかを提げていることに気がつく。
驚いた、とは違うが、その意外さに、思わず食い入るように見つめてしまう。
――漆黒の竹刀袋。
相葉先生はパックを陳列棚に戻し、通路を歩き出した。その横顔には、表情というものがない。
* * *
「あっ、おかえりー」
帰宅したわたしを出迎えたのは、フレデリカさん。一階と二階を繋ぐ階段の最上段に腰を下ろした彼女は、一つ下の段に素足を置き、シート状の気泡緩衝材の気泡を一つ一つ潰している。
「ユエちゃんのことを待ってたの。話したいことがあったから。ま、いないならいないでもよかったんだけど、でもまあ、よかったよかった」
緩衝材をぐしゃぐしゃっと丸め、手すり越しに投げ捨てる。丸まったそれはゆっくりと落下し、微かな着地音を立てた。フレデリカさんはベビードールの胸元から手を入れ、おっぱいの側面をかく。
「えっと、ここでいい? それとも、あたしの部屋に行く?」
「では、この場で。話というのは?」
フレデリカさんは頬杖をつき、二度三度と頷く。笑みの度合いは、顔を合わせた瞬間よりも深まったようだ。
「朝ちょっと話をした、昨日からユエちゃんのところにいる男の人のこと。ていうか、男の子? あたしよりも年下っぽいし。友だちっていう話だったけど、その子のことをもっと詳しく知りたいんだよね。かわいい顔をした、右頬にタトゥー入れた彼のことを」
朝は外見までは知らなかったはずだ。つまりフレデリカさんは、朝から現在時刻に至るまでのどこかで、ケンの姿を見た。五人の顔を見に部屋を発ったときか、帰宅したときか。そのどちらかのタイミングだろう。
しかしケンは、フレデリカさんについて一言も言及しなかった。
彼の中では、取るに足らない人物という認識なのか。それとも、フレデリカさんに盗み見られたことに気がついていないのか。
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