いかされ

阿波野治

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連城フレデリカ

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 スクールバッグを肩にかけ、玄関ドアのノブに手をかける。とたんに隣室の玄関ドアが開いた音がしたので、虚を衝かれた思いがした。
 さて、どうしよう。
 少し迷って、ドアを開く。

「おっ」

 機械で作成したかのような、一聴忘れがたい特徴的な女声。
 右隣を窺うと、案の定、玄関ドアが開いている。その隙間から、ショートヘアをパステルピンクに染めた若い女性――連城フレデリカさんがこちらを窺っている。
 目が合うと、顔中の筋肉を緩めて微笑んだ。擬音語で表すならば、へらっ、というような。

「ユエちゃん、おはよー。今から学校?」
「はい」
「朝早くからご苦労さま。あー、眠たっ」

 のっそりと動いて、ドアの向こう側から全身を出す。まとっているのは、瑠璃色のベビードール一枚。大きく開いた胸元からおっぱいが今にもこぼれそうだ。そもそもシースルーなので、着衣しているにもかかわらず漏洩している情報は多い。おっぱいが大きいのも、ロケット型なのも、乳輪が綺麗な桜色をしているのも、乳首が勃っているのも、一目瞭然だ。

 フレデリカさんはおしりを衣服越しにかきむしる。その刺激が引き金になったとでもいうように、びふっ、という放屁音が発せられた。立ち昇った悪臭は、中学二年生のときに修学旅行で訪れた阿蘇山の記憶を思い起こさせた。

 フレデリカさんは謎の女だ。顔立ちは日本人なのに西洋人の名前を名乗っていることなど、その筆頭だろう。
 四六時中だらしない恰好をしていて、眠たそうな顔をしていることが多いから、怠惰で無気力な人なのかと思いきや、他の住人の私生活に執心する言動を見せることがある、というのもそうだ。三・四回、わたしが集積場に出したゴミ袋の中身について言及されたことがあった。登校するか帰宅するかのタイミングに合わせて、部屋の前やエントランスホールで待ち構えていて、意図がまったく読めない、意味があるとも思えない質問をされたこともあった。

「もしかしてなんだけど、昨日、男を部屋に連れ込んでた?」

 部屋から体を完全に出し、ドアに施錠しようとしたところで、そう問いかけられた。瞳は依然として眠たそうで、わたしに対する図々しいまでの親愛の念が宿っている。半年間お隣さんの関係でいるんだから、このくらいの疑問質問にはちゃんと答えるのが常識だよね? そう脅迫しているかのようだ。

「どうして、そう思ったのですか」
「うーん、なんとなく。強いて言うなら、勘? あたし、こう見えて鋭いから。よぉく研いだナイフみたいにね」

 あくびをしながら、両腕をⅤ字に突き上げて伸びをする。ポーズを解除したさいに、持ち上がっていた踵が着地した弾みで、ベビードールに包まれたおっぱいが果実のように揺れた。

「一応ここ、単身者専用アパートだしね。あ、でも、管理人にチクるつもりはないよ? そんなことしても、あたしにメリットないしね。ただ好奇心で訊いただけだから」

 どう答えれば、被る損益が少なくて済むだろう? 確証があるが、あえてかまをかけているのか。申告通り、純然たる勘なのか。どちらにせよ、危ない橋は渡りたくない。

「はい、男友だちを」
「あっ、やっぱり? そうじゃないかって思ったんだけど、やっぱりそうだったんだ。やるじゃん、大人しそうな顔して」

 フレデリカさんが歩み寄ってきた。人工的で女性的な芳香が、むせ返らんばかりに主張を強める。

「で、昨日はどんな感じ? 二人でどんなことをしたの? ちょー気になるんだけど」
「すみません。学校があるので、失礼します」

 背を向けて歩き出す。追いかけてこないし、呼び止めることもない。待ち伏せまがいの行為をした粘着性とは裏腹の諦めのよさは、感情をほとんど覚えないわたしにとっても奇妙で、薄気味悪くもある。

 フレデリカさんから遠ざかりながら、思ったことは二つ。
 フレデリカさんとの関わり方について、もう少し、ケンに注意しておいた方がよかったかもしれない。
 三毛猫が死んだことに触れておくべきだっただろうか。
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