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「お兄ちゃん!」
夜道を走り抜けた勢いはそのままに、夏也の自室のドアを開け放つ。案の定、ドアに鍵はかかっていなかった。お母さんは自力で二階に上がる体力はない。妹と会話を交わす機会は必要最小限で、コンタクトをとる時間や場所はほぼ固定されている。油断をして施錠していないと踏んでいたが、見事に的中した格好だ。
椅子にふんぞり返ってスマホをいじっていた夏也は、驚きのあまりひっくり返りそうになった。危ういところで机の縁に掴まり、体勢を立て直す。椅子を回して向き直り、不快感を隠そうとしない顔でなにか叫ぼうとした。
それよりも一歩早く、想定される怒声に負けないボリュームで用件を告げる。
「明日の夜だけど、用事があるから、悪いけどお母さんの食事のお世話をお願い。間に合うかもしれないけど、もし遅れたら困るから、お兄ちゃんに任せようと思って」
「はあ? なんなんだよ、いきなり」
分かりきっていたことだが、夏也は第一声から喧嘩腰だ。
「お前さ、なんなんだよ。なにサボろうとしてんだよ。前も言ったけどよ、俺はババアの世話なんて――」
「黙れっ!」
わたしはドアを思いきり殴りつけた。夏也は顔に驚きを露わにしてフリーズした。発生した物音の大きさや、声の迫力にというよりも、妹が予想だにしない行動をとったことに驚いた、という顔だ。拳に痛みを感じるのと引き換えにしてでも、束の間黙らせようという目論みは、まんまと成功したわけだ。
「この前みたいに、遊びじゃないから。息抜きも大事だとわたし自身は思っているけど、今回はね、それよりも遥かに重要な用事なの。単刀直入に言うと、仕事。明日、依頼者の記憶を取り出すことになったの」
「仕事って、また友だちとママゴトか?」
「守秘義務があるのに、言えるわけないってば。でも、本当に大切な仕事だから。誇張でもなんでもなくて、その子の人生がかかっているんだから。それにもかかわらず、やりたくないっていう馬鹿げた理由で引き受けてくれないんだったら、わたしとしても断固とした対応をとらなくちゃいけない」
返事はない。しかし、わたしが少しでも生意気な言動を見せれば、決まって即座になにか言い返す夏也が沈黙を返した時点で、答えは火を見るよりも明らかだ。
「これを成功させたら、わたし自身も変われる気がするの。そう意味でも、凄く、凄く大事な仕事なの。だからお兄ちゃん、明日の夜は頼んだよ」
* * *
自室に戻るとすぐさま、テキスト形式のメッセージを星羅に送った。帰宅してすぐ、ではなくなってしまったが、無事であることの報告。そして、明日の放課後にも記憶を取り出したい旨と、施術にあたっての注意事項も。
返信はすぐには送られてこなかった。予想していたというか、覚悟していた展開ではあったが、やはり不安になる。
超常的な力に頼るのが怖くなったのだろうか? そんな非現実的な力など存在するはずがないと、認識に変化が生じたのだろうか?
ネガティブな想念が頭の中を飛び交う。急かすような真似はしたくないから、星羅を問い質せないのがつらいところだった。
レスポンスがあったのは、今日中にはもう来ないかもしれないと思い始めた、午前零時前のこと。
「明日は学校を休む。」という書き出しだった。今日嫌な思い出を洗いざらい打ち明けた精神的疲労感、そして明日に備えること、両方の意味から、極力誰とも顔を合わせずに過ごしたいのだという。
記憶を取り出してもらう意思に変わりはないと、文末に明記されていた。
了解のメッセージを送り、長く濃密な一日が終わった。
夜道を走り抜けた勢いはそのままに、夏也の自室のドアを開け放つ。案の定、ドアに鍵はかかっていなかった。お母さんは自力で二階に上がる体力はない。妹と会話を交わす機会は必要最小限で、コンタクトをとる時間や場所はほぼ固定されている。油断をして施錠していないと踏んでいたが、見事に的中した格好だ。
椅子にふんぞり返ってスマホをいじっていた夏也は、驚きのあまりひっくり返りそうになった。危ういところで机の縁に掴まり、体勢を立て直す。椅子を回して向き直り、不快感を隠そうとしない顔でなにか叫ぼうとした。
それよりも一歩早く、想定される怒声に負けないボリュームで用件を告げる。
「明日の夜だけど、用事があるから、悪いけどお母さんの食事のお世話をお願い。間に合うかもしれないけど、もし遅れたら困るから、お兄ちゃんに任せようと思って」
「はあ? なんなんだよ、いきなり」
分かりきっていたことだが、夏也は第一声から喧嘩腰だ。
「お前さ、なんなんだよ。なにサボろうとしてんだよ。前も言ったけどよ、俺はババアの世話なんて――」
「黙れっ!」
わたしはドアを思いきり殴りつけた。夏也は顔に驚きを露わにしてフリーズした。発生した物音の大きさや、声の迫力にというよりも、妹が予想だにしない行動をとったことに驚いた、という顔だ。拳に痛みを感じるのと引き換えにしてでも、束の間黙らせようという目論みは、まんまと成功したわけだ。
「この前みたいに、遊びじゃないから。息抜きも大事だとわたし自身は思っているけど、今回はね、それよりも遥かに重要な用事なの。単刀直入に言うと、仕事。明日、依頼者の記憶を取り出すことになったの」
「仕事って、また友だちとママゴトか?」
「守秘義務があるのに、言えるわけないってば。でも、本当に大切な仕事だから。誇張でもなんでもなくて、その子の人生がかかっているんだから。それにもかかわらず、やりたくないっていう馬鹿げた理由で引き受けてくれないんだったら、わたしとしても断固とした対応をとらなくちゃいけない」
返事はない。しかし、わたしが少しでも生意気な言動を見せれば、決まって即座になにか言い返す夏也が沈黙を返した時点で、答えは火を見るよりも明らかだ。
「これを成功させたら、わたし自身も変われる気がするの。そう意味でも、凄く、凄く大事な仕事なの。だからお兄ちゃん、明日の夜は頼んだよ」
* * *
自室に戻るとすぐさま、テキスト形式のメッセージを星羅に送った。帰宅してすぐ、ではなくなってしまったが、無事であることの報告。そして、明日の放課後にも記憶を取り出したい旨と、施術にあたっての注意事項も。
返信はすぐには送られてこなかった。予想していたというか、覚悟していた展開ではあったが、やはり不安になる。
超常的な力に頼るのが怖くなったのだろうか? そんな非現実的な力など存在するはずがないと、認識に変化が生じたのだろうか?
ネガティブな想念が頭の中を飛び交う。急かすような真似はしたくないから、星羅を問い質せないのがつらいところだった。
レスポンスがあったのは、今日中にはもう来ないかもしれないと思い始めた、午前零時前のこと。
「明日は学校を休む。」という書き出しだった。今日嫌な思い出を洗いざらい打ち明けた精神的疲労感、そして明日に備えること、両方の意味から、極力誰とも顔を合わせずに過ごしたいのだという。
記憶を取り出してもらう意思に変わりはないと、文末に明記されていた。
了解のメッセージを送り、長く濃密な一日が終わった。
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