すばらしい新世界

おばあちゃんの話③

　その希和子は、智夫の一周忌となる日の四日前、突然亡くなった。
　イナやイナの両親にとっては「智夫の一周忌の四日前」だが、真実は違う。郵便受けに郵便物が溜まっているのを宅配業者が不審に思い、警察に通報。駆けつけた警察官が家の中に踏み込んだところ、居間のコタツに突っ伏して事切れている希和子を発見したのだ。
　形の上では孤独死、なおかつ変死ということで、イナ一家や近隣の住民を巻き込んでのちょっとした騒ぎとなった。捜査の結果、金品などが盗まれた形跡はなく、自殺や他殺の可能性はないと判明。医師は急性心不全という診断を下した。

　イナが受けたショックは小さくなかった。祖父の智夫のように、人間は長かれ短かれ、準備期間を経て死ぬものだという思い込みを、これ以上ないくらいに鮮やかに覆されたからだ。

　言いようのない不安感を孕んだ静かな混乱の中、イナは悟る。
　死に準備期間があるのだとしたら、希和子の場合、その始まりは伴侶を失った瞬間だったのだ。孤独が急性心不全の遠因となったというよりも、孤独に殺された。
　孤独とは、恐ろしいものなのだ。

　集団や社会というものに広い意味で嫌気が差し、暴力的な手段によって秩序を破壊することに喜びを見出したばかりの彼女は、立ち止まることを余儀なくされた。葛藤せずにはいられなかった。
　一人だとあんなにも気が楽なのに、他人に合わせるのはあんなにも苦痛なのに、孤独は避けるべきだというの？

　大いなる疑問符を胸に、イナは希和子の葬儀に臨んだ。
　残っている記憶はそう鮮明ではないが、智夫の葬儀を経験している。大まかな式の流れも、雰囲気も把握しているから、式に参加すること自体への不安はなかった。衝撃は、予想もしていなかった形でイナを襲った。
　参列者が、一週間前に東北地方で発生した大地震の話ばかりするのだ。

　死者と行方不明者の合計が二万人を超える未曾有の大惨事だ。セシウムやメルトダウンといった専門用語の意味はさっぱり分からないが、地震が原因で発生した原子力発電所の放射能漏れ事故は、看過できない重大な事案であり、多くの人々に深刻で実際的な悪影響を与えるものだということは、小学三年生の頭でも理解できた。押し寄せた津波が人や建物や街を呑み込んでいく映像を、固唾を呑んで視聴せずにはいられなかった。約九年の人生の中で、確実に五指に入る、ひょっとすると不名誉な一位に輝くかもしれない、衝撃的な出来事だった。