すばらしい新世界

阿波野治

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おばあちゃんの話②

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 大げさだが悪意のない誇張や、巧みではないがからっと晴れたジョークを交えながら饒舌に話す智夫のことが、イナは嫌いではなかった。事実、祖父母宅に滞在している間、希和子よりも智夫と言葉のキャッチボールをすることのほうが多かった。
 しかし、それは所詮、智夫が希和子よりも圧倒的に熱心に話しかけてくるからに過ぎない。

 振り返ってみれば、イナは智夫よりも希和子に共感を覚えていた。学校で反秩序的な問題行動を起こして孤立し、孤独を貫き通している自分と重ねていたのだ。読書や、料理や、旅行に行かないことは反秩序的ではないが、それでも同類だと感じた。積極的には集団の輪に加わらず、頑固なまでに我を貫き通すこと、その一点がイナを惹きつけた。
 もっとも、共感の度合いとしては微弱だった。血の繋がりがあり、同性という共通点こそ持っているが、生年月日には実に半世紀以上もの懸隔がある。離れているのは、互いの自宅の場所もそうだ。極めつけは、二人とも他者とコミュニケーションをとることに積極的ではない。交流らしい交流がないまま歳月は流れ、智夫は病に伏し、その数か月後には鬼籍に入った。

 初めて参列する葬儀の記憶は、鮮明には残っていない。初めて近しい人を亡くした精神的なショックというよりも、二度目の葬儀で受けた衝撃の強さに塗りつぶされた、と解釈するのが妥当だろう。ただ、想像していたような、ひたすらに湿っぽい雰囲気とは無縁だったこと。そのギャップに対する驚きと違和感はくっきりと心に刻みつけられ、その後のイナの人生に少なからず影響を及ぼした。

 智夫が亡くなって以来、夫に先立たれた実母、または義母の精神状態を案じるイナの両親は、希和子の家に足を運ぶ頻度を高めた。イナ自身は、希和子を四六時中気がかりに思うどころか、念頭にも置かない時間のほうが圧倒的に長かった。
 ただ、必ずしも必要がないにもかかわらず、両親の祖父母宅行きになんだかんだ同行することが多かった。イナ自身には説明をつけられなかったその態度は、希和子に対する潜在的な関心の高さの表れに他ならなかった。

 イナの目から見た祖母は、明らかに元気を失っていた。もともと口数が少なく、一人を好む人だったが、ますますしゃべらなくなり、他人を拒絶する雰囲気をあからさまに醸すようになった。趣味に対する情熱はかなり衰えたようだ。訪問すると必ずといっていいほど、居間のどこかに新聞が広げたままにしてあり、慌てて片づける光景が見られたのに、いつも部屋の片隅に畳んだ状態で積み上げられている。たいてい卓袱台の上に置いてある老眼鏡も、引き出しに仕舞ったままらしく見かけなくなった。両親は希和子宅を訪れると、真っ先に日々の食生活について尋ねるのだが、「一人分だけ作るのは面倒だから、もっぱら出来合いの総菜に頼っている」と決まって答えた。

 両親は当然、智夫の死が希和子にもたらした影響の大きさは認識していただろう。ただ、希和子は最低限の生活能力を依然として保持しているし、イナの家と希和子の家は遠く隔たっている。両親が希和子の家に足を運ぶ機会は、日を追うごとに減少した。智夫の死亡に関する諸々の手続きが一段落してからは、亡くなる以前の水準に逆戻りした。

『お父さんが亡くなってからずっと慌ただしかったから、そっとしておいてあげるのも大切なんじゃないかな。お母さん、静かな環境が好きな人だから』
 あまつさえ、小学生でもつまらない言い逃れだと分かる、そんな稚拙な理屈さえ振りかざした。

 交流は再び遠ざかったが、イナが希和子のことを思い出す頻度は高まった。薄暗い居間で、見るからに寂しそうに、陰気に俯いている姿が脳裏に浮かぶのだ。その映像を起点に思案を展開することはない。少なくとも、積極的に展開しようとは考えなかった。
 それなのに、思い出した。くり返し、くり返し、孤独の深淵に沈む祖母の姿が脳内のスクリーンに浮かび上がった。そのたびに、時間も濃度もささやかながらも希和子に思いを馳せた。
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