すばらしい新世界

阿波野治

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 新世界で過ごす日々が募るにつれて、力を行使してもイメージ通りにはいかないことも増えていた。ましてや、リーフは完全には消せないと言われていたし、広い意味で強い人だ、という認識が固定化していた。だから、呆気なく願望が叶ったことに我ながら驚いた。
 やがてその感情が平坦になると、寂しさにも似た微風が胸を横切った。
 やりすぎたと感じれば、神でも寂しくなるものなのだろうか? それとも、未熟な神だからこそ寂しさを感じた?

「……寝よっと」

 石膏像には一瞥もくれずに居間に戻る。ざらざらとした畳の上に体を横たえ、フードとまぶたを両方とも下ろした。

 
* * *
 

 凄まじく、ではないにせよ、疲れているのは紛れもない事実。イナは現実から逃避する意味からも、短時間だとしても構わないから眠りに就きたかった。
 しかし、眠れない。恐ろしいまでの静寂が、睡眠の無二の親友であるはずのその性質が、漠然とした不安感を運んでくるせいで。
 その名状しがたい感情の根源を、無理矢理に解き明かすならば、リーフに通じている気がする。たとえば、眠っている間にフリーズが解除され、無防備なイナに対して、氷漬けにされた恨みを晴らすための行動をとりそうで怖い、といったような。

 リーフは消えていないが、半永久的に動きを止めた。今、宇宙上で活動している人間は、尹イナただ一人。
 その事実を噛みしめれば噛みしめるほど、不安は寂しさへと性質を変えていく。孤独とは寂しいことなのだと、今さらのように実感する。

 つまらない、忌むべきといっても過言ではない一般論に過ぎないと、これまでは認識していた。しかし、今のイナの感じかたは違う。

 自分以外の人間が存在しない世界――。

 上に立つどころか、並び立つ存在すらもいないゆえに、気楽かつ気ままに振る舞える理想的な楽園なのだと、この上なくポジティブに認識し、高く評価していた。だからこそ、その世界の実現を願った。まさか実現するとは夢にも思わなかったが、ひとたび現実と化すと、この上なく浮かれた。
 しかし、大望が叶った高揚感に騙されていたに過ぎず、本音では寂しさを感じていたのでは?
 新世界の神となって十日目にして初めて、イナはそう疑った。

 その寂しさを埋めるために呼び出したのが、リーフだったのだろう。リーフが実質的に死んだことが引き金となり、不安の殻を被った寂しさが込み上げてきたのが、その証明だ。

 孤独なのは、寂しいことだ。
 その真理は頭の中をホワイトアウトさせ、思考能力を停止させた。
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