すばらしい新世界

阿波野治

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祖母について

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 イナにとって母方の祖母は、イナがコンタクトをとったことがある、イナと血が繋がっている人間の中では、最も縁遠い人間に思われた。居間の卓袱台の上にダイレクトメールを発見するまで、下の名前が希和子だという情報すらも失念していたくらいだ。
 そんな有り様だから、希和子の死にざまや、死因や、葬儀の詳細を思い出すことなど、夢のまた夢。

 木板が軋む音を立てながら二階に上がる。廊下を西に進んだ突き当りの一室は、以前誰かが私室として使用していたらしい雰囲気が漂っている。

 クローゼットのドアを開けると、大量の古雑誌が置かれていた。紐で縛るなどの処置は施されずに、裸のままぞんざいに積み上げられている。褪せているとはいえ、枯れた印象の内装とは正反対の色彩豊かな拍子に、イナは惹きつけられた。
 部屋の探索はリーフに任せておいて、雑誌をめくってみる。巻頭グラビアに登場する女性は髪型が古くさく、何十年も前に刊行されたものだろうか。掲載されている漫画の絵柄も同じく古い。古めかしい印象に邪魔をされて気づくのが遅れたが、若者向けの雑誌だ。

 おばあちゃんが若者向けの雑誌を? 有り得ない。では、家族のもの? ……どうなのだろう。おじいちゃんのことはおばあちゃんに負けないくらい知らないけど、多分、趣味は一般的な高齢者と大きくは変わらないだろうし。

 そこまで考えて、お母さんだ、と気がついた。
 イナの母親がまだ子どもだったころは当然、両親であるイナの母方の祖父母と生活をともにしていたはずだ。当時母親が愛読していて、親元から離れて生活にするにあたって、引っ越し先に持っていくでも廃棄するでもなく部屋に置いていった雑誌。それが今現在イナの目の前に山積みにされている古雑誌なのだ。
 何十年経った今も残されているのは、きっと取るに足らない理由からなのだろう。たとえば、雑誌類のゴミの収集日が引っ越し当日よりもあとだったので、家族に処分を託して旅立った。しかし、託されたほうは存在を失念してしまい、今日に至るまで放置されてきた、といったような。

 イナは初めて、この家に四次元的な深みを感じた。観測者である自分の目が届かない場所にも時間が流れていて、それが積み重った結果今があるのだ。仮に自分が今ここで死んだとしても、その瞬間をもって世界も幕を下ろすのではなく、死後もずっと続いていくのだ。

「……いや、死なないけど」
 神だし。

 興味深い体験ではあったが、イナの心は満たされない。欲しいものはまだ得られていない。雑誌を元あった場所へと放り投げ、部屋の探索を再開する。
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