すばらしい新世界

阿波野治

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到着

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 ちょうどいい揺れと、緩みきった空気と、窓外に由来する午後の温もりの相乗効果によって、いつの間にか眠っていたらしい。ふと気がつくと、意識がぼんやりとした状態ながらも覚醒していて、寝起き特有の症状だと認識する。

 ほどなくしてバスが停車した。

 最初は赤信号かと思った。しかしよくよく考えると、バスは今まで一度も止まることなく走り続けてきた。信号は作動していたが、バスの他に走っている自動車も、横断歩道を渡る通行人もいないため、その必要がなかったのだ。
 異例の事態に直面しても、イナの意識は依然としてなかば融解したままでいる。しかし、視線を窓外へと投げた瞬間、瞠目した。

「おばあちゃん家だ」
「降りましょう、イナ」

 真横からリーフの声が聞こえて、眼前を影が過ぎる。リーフは車体前側の降車口ではなく、乗車口から地上へと降り立ってイナへと右手を差し出す。そういえばここは新世界だったと、そんなささいな行動から再確認した。
 介助の手は頭を振って断り、単独でステップを下る。地面に両足がついたところでフードを脱ぎ、車内を振り返ったが、和装の少女の姿は確認できなかった。
 扉が閉まり、バスは走り去る。

「行っちゃったね」
「行ってしまいましたね」
「ていうか、凄くね? 乗ってたら普通に着いたんだけど」
「そうですね。和装の少女の出現を除けば、特に波乱らしい波乱もなく」
「それにしても、おばあちゃん家は久しぶりだなー。懐かしっ」

 木造二階建ての家屋は見るからに古めかしい。心なしか、自重によって垂直方向に僅かに潰れているようにも見える。祖母が亡くなってからは初めてとなる来訪で、もう何か月ぶりになるのだろう。

「じゃ、入ろうぜ。なにかヒントがないか、探そう」

 そう言えば、祖父母宅で具体的になにをするべきか、なにがしたいのかが定まっていないと、発言した直後に気がつく。リーフからなにかアドバイスなり忠告なりがあるかとも思ったが、呼びかけに小さく頷いただけだ。「なにかヒントがないか、探す」ので正解らしい。

 玄関の木戸を幽霊のようにすり抜け、屋内に入る。かつてのように、力を使って無機物を通過する恐怖はもはやなかった。
 全身が中に入ったとたん、空間が明るくなった。電灯がひとりでに灯ったのだ。

「親切だなぁ。てか、便利すぎ」

 周囲を観察する。現在地は玄関で、靴は出ていない。二人暮らしには大きすぎる靴箱が右手にある。突き当りの背の低い戸棚の上には黒電話が置かれていて、背後の壁には色あせたカレンダー。三年前のものだ。電話とカレンダーの左側は六畳ほどの和室になっている。
 記憶に残っている祖父母宅の間取りと合致しているが、和室に大量に転がっているごみとも私物ともつかないものや、黒電話が置かれた台の上に散らばっている文房具の類、靴箱の横に置かれた旧式のストーブなど、不要な物が多く雑然とした印象を受ける。おそらく、旧世界における祖父母宅との相違はそこだ。

 この家のどこかに落ちているはずの、祖母の死にまつわるなにかをイナが見つけるのを妨害するための変化、だとでもいうのだろうか?
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