すばらしい新世界

阿波野治

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消えて

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「イナ」

 リーフが戻ってきた。
 ボディスーツの首のあたりをしきりに触って、服を着たばかりだとわざとらしくアピールしているが、実際に排泄したかは疑わしい。ただ真っ直ぐにイナから遠ざかって、頃合いを見計らって帰ってきた。それが現実だろう。
 イナの空想の産物であるリーフが排泄しないのは、そういう設定になっているからだ。しかし、そんな動かしようのない、とやかく言っても仕方がない現実も、今日はイナの心をざらつかせる。

「どうされました? 私がトイレに行っている間に、浮かない顔に変わっていますが」
「あ、分かる?」
「ええ、分かりますよ。イナのことは分かりすぎるくらいに分かります。なにかあったのですか?」
「……うん。まあ、なんて言うか」

 リーフは腰を屈めて顔を覗き込んできた。イナは上体を起こしてリーフに視線を合わせる。

「実はね、リーフ。リーフにすっごく、こうしてほしいなー、って思ってることがあるんだけど」
「なんでしょう」
「リーフに消えてほしいんだ。ついさっきトイレに行ったみたいに、一時的にじゃなくて、存在ごと永遠に」

 口にしたイナが一番驚いてしまった。リーフに物申したいことがあると自覚しながらも、内容は漠然としていて形となっていなかったのだが――まさかこんな言葉だったとは。

 消えてほしい。
 イナ自身にとっても衝撃的な発言だったが、反芻すれば、なるほどその通りだ、と納得できる。

 リーフは、神であるイナでもできないことをやってくれる、重宝するべき友だちだ。
 でも、だからこそ、疎ましくもある。

 潔く認めるべきだろう。いや、認めなければなるまい。
 リーフに消えてほしいと願う理由、それは嫉妬だと。
 新世界の唯一無二にして永久不変の支配者は、尹イナだ。肩を並べる存在があってはならない。限りなく例外に近い最大瞬間風速だとしても、上回る存在があってはならない。きっと、そういうことなのだ。

 リーフは顔から表情を消し、視線をイナから外した。永遠にも等しい、重量のある沈黙が流れるのだろうと、イナは覚悟した。
 しかし、リーフは早々とイナと目を合わせ、こう答えた。

「承知しました。十日間のお付き合いはあまりにも短すぎますが、仕方ありません。イナがそう望むのであれば、死にましょう」

 開いた口が塞がらない、とはこのことだろう。
 召使いに等しい存在とはいえ、あまりにも受け入れるのが早すぎる。しかも、怒り、恐怖、戸惑い――どの感情も一瞬たりとも顔には浮かばなかったし、抑圧している様子も見受けられない。
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