すばらしい新世界

阿波野治

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直人のことと力のこと

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 イナと直人は、二人いっしょにいるときに二度ほど、街で男子学生同士が派手に口論している場面に遭遇したことがある。その両方で、直人は冷ややかに立ち去ろうとするイナの袖を引っ張って引き留め、騒動が終息するまで嬉々として観戦に興じたのだった。イナが「そんなに興味があるなら参加すれば」と言うと、「見るのも参加だから」とかなんとか、今になって振り返ってみるとなかなか情けないセリフを吐いたことを覚えている。

 被害国に対外戦争を決断させたほどのテロ事件と、ジャブをぶつけ合って早期解散した十代同士の喧嘩とでは、スケールが違いすぎる。とはいえ、破壊活動を眺める思考を、直人はたしかに有していた。だから、ビルに旅客機が衝突し、大量の煙を立ち昇らせ、崩落する一部始終を見たならば、彼は手を叩いてはしゃいだはずだ。
 そんな愉快な未来が永遠に実現しなくなった、この世界。

 ビルを破壊した当時、イナは破壊に夢中になるあまり、直人のことを一瞬たりとも念頭に浮かべなかった。
 永久に消えてしまったのだから無理もないが、イナの中で反町直人の存在感は、時間の経過に伴って着実に低下していっている。
 その事実を、特に悲しいとも寂しいとも思わないイナがいる、という現実がある。

 雲の向こう側に茜色が滲み始めてから、夕焼けの極北に至るまではあっという間だったのに、その状態からなかなか暗くならない。イナの感覚としては、かなり長い時間眺めているにもかかわらず、変化する兆候が見られない。
 神の力のたまもの――と言いたいところだが、茜色が永遠であり続けてほしいと願った瞬間は一度もない。

 茜色自体は嫌いではない。全てを焼き尽くす炎を連想させるという意味では、むしろ好きな部類に入る。
 ただ、イナは夕焼けという自然現象自体にあまり興味がない。暗く黒い夜への移ろいの様相のほうが、どちらかというと関心がある。それにもかかわらず、持続する茜色。
 夕焼けの美しさをこの目で、この心で、堪能したい本心では願っているから、無意識に力を発揮して茜色を縫い止めている? では、「時の流れよ、加速せよ」とでも命じれば、視線の先の空は急速に黒夜を目指し始めるのだろうか?

 イナはため息をついて思案を打ち切る。
 さっきから考えすぎている。破壊していないからだ。静かで、なにもしていなくて、考えるくらいしかすることがないから。

「……夕ごはん食べよっと」
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