すばらしい新世界

オーマイガー

　イナの視線の先で、断末魔の轟音を響かせながら、数年かけて築き上げられ、数年間あるいは数十年間、生き永らえてきたものが死んでいく――。

　あまりにも真に迫った映像と音声の合わせ技に、イナは自らが力を行使した結果に対して、初めて恐怖を感じた。
　しかし、何拍か遅れて胸に到来した、気に入らないならば現象それ自体を消してしまえばいい、という考えが、その感情を一滴残さずに奪い去った。元ネタであるＹｏｕＴｕｂｅの動画のように、見たくなくなったらブラウザバックすればいい、というわけだ。

　崩落するビルの間近で、オーマイガー、オーマイガーと、白人男性が恐慌し叫喚している。旅客機がビルに突っ込むのとは別の動画だが、イナは同じくＹｏｕＴｕｂｅで観た。事件を間近で目撃したアメリカ人の典型的な反応、という評価が定着している有名な映像だ。
　叫んでいた男性が白人だったのはたしかだ。アメリカ合衆国が舞台の著名な映像の主人公が白色人種以外などということは、黒人が被害者となった銃撃事件ではない限りありえない。ただ、髪型も目の色も、太っていたのか痩せていたのかも、どんな服装だったのかも、記憶からはきれいに抜け落ちている。再現されたのは音声だけで、男性が叫び回っているのは脳内だ。
　白人の男性、という最低限の情報だけは覚えている。やろうと思えば現実世界に出現させられるかもしれないが、イナはその選択肢は選ばない。ひとえに、叫び声が心地よいからだ。音声だけで充分だと思うからだ。

　オーマイガー、オーマイガー、オーマイガー。ああ、私の神よ。

「神だって？」

　神はぼくだ。神であるぼくは、お前が絶望に泣き叫ぶ声を深く、深く所望しておるぞ。ライフル銃に肩を撃ち抜かれた猿のように喚き続けるがいい。神であるぼくが「もういいよ」という気分になる、そのときまで。

　崩れゆく高層ビルはほどなく、周りにある数階建てのビルの向こう側に隠れた。追いかけるように音がやみ、崩落の完了を分かりやすく報知する。
　イナはスタンディングオベーションでもしたい気分だった。しかし、さあ散歩散歩、と歩き出した瞬間、寂寥感にも似た虚しさが胸裏を掠め、立ち止まることを余儀なくされた。
　その感情を誤魔化すべく、イナはいっそう激しく破壊し、破壊し、破壊しながら街を歩く。