すばらしい新世界

阿波野治

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破壊衝動

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 生垣をめちゃくちゃに壊し、民家の窓ガラスを木っ端みじんに破壊し、駐車されている自動車を地の果てまですっ飛ばす。
 全て、イナが街を逍遥しながら実行した悪行だ。

 念じることで破壊する場合もあるが、イナは金属バットを振るうのを好んだ。学校にいたときも、通り道にある窓ガラスという窓ガラスを全て破砕させようかとも考えていたのだが、人気のない校舎の雰囲気が思いがけず琴線に触れて、実行は見送った。その分を取り戻したいという気持ちも、彼女に積極的に凶器を振るわせている理由の一つだった。
 金属バットはもちろん、力を使って出現させた。重量などまるでないかのように軽く扱えるし、強固なものに強い打撃を加えても手は痺れない。四・五十センチくらいならば苦もなく伸び縮みさせられるのも、目立たないが便利な特性だ。スポーツ用品店で販売されている金属バットや、秘密基地に護身用として置いてある木製バットでは、こうも気軽には変形させられない。

「壊すのはいいなぁ」
 止まる必要のない赤信号に、在りし日の秩序を懐かしむように足を止めた拍子などに、しみじみとそう呟くことも多々あった。

 イナは破壊を愛している。現実世界では、理由を見つけては、あるいはこれという理由もなく、なにかを壊し続けてきた。ままならない現実に直面して非現実世界に逃避したときだって、無尽蔵の想像力を駆使して彼女が勤しんだのは、もっぱら破壊活動だった。大自然の中で癒しを追及することも、淫らな空想に現を抜かすことも、選択肢として用意されているにもかかわらず。
 好きだから。この一言以上にしっくりくる説明はない。
 しかし、かつてないほど高濃度かつ長時間、破壊活動に従事したことで、一つ明確な不満を抱いた。

 ――人を壊したい。
 生身の人間ではない相手だと、壊しても、壊しても、なにか物足りないのだ。

 生身の人間を破壊することなにが楽しいのだろう?
 疑問を掘り下げると、相手の反応が愉快だ、という心理に行き当たる。打撃が加えられるごとに口から漏れる悲鳴が、斬撃に少し遅れて傷口が開き血を噴き上げる様が、不細工に歪む顔が、嗜虐心を満たしてくれる。だからこそ、楽しい。そして、悲鳴を上げ、傷を負い、顔を歪める相手が、イナにとって憎らしい相手であればあるほど、心の震えは激しさを増す。

「ひょっこり現れないかなぁ、生き残り」

 力が本物であると信じたい気持ちと、真っ向から対立する願いであることに気づかないほど、イナは愚かではない。
 それでも願わずにはいられない。建物や草木をいくら切り裂き、燃焼させ、破砕し、殴る蹴るし、損壊したところで、不充分だ。悲鳴を、血を、恐怖に歪む顔を見聞きしないことには、昂った心はもはや満足できない。百億円積まれても無理だ。
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