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直人の顔
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そして、大トリとなる自分の教室まで来た。
戸は開きっぱなしになっている。中は無人だ。予想通りの光景ではあったが、見慣れた景色、嗅ぎ慣れた匂いなだけに、あと一歩か二歩間違えば物思いに耽ってしまいそうな、名状しがたい独特の感覚を覚えた。
特に理由はないし、必要性もないが、自分の席に着く。
「誰もいなかったら喜んで通うのになぁ、学校」
頬杖をつき、ため息をつく。視線は空虚な黒板に吸い寄せられる。
その黒板の中央に、突如として白いものが浮かび上がってきた。ぼやけた幾何学模様といった印象のそれは、次第に濃度を増していき、五秒も待たずに変化を停止した。白いチョークで、リアリスティックな筆致で描かれた、十五センチ四方の枠に収まるサイズの反町直人の顔だ。
驚きも恐怖もない。イナはただ、なじみ深い異性の顔を凝視する。
学校になんて好き好んで行きたくないが、直人といっしょなら毎日楽しく通えるかもしれない。イナはそう考えたことがこれまでに何度もある。
しかし、それは叶わぬ願いだ。二人の学年の差は四つ。イナが中学一年生を迎えるころには、直人は大学一年生だ。
留年でもすれば話は別だが、彼はファッション不良。最低限の学力と、道を大きく踏み外さないだけの倫理観を持ち合わせているから、その未来が実現する可能性はかなり低いだろう。
叶わぬ夢。
可能性はまったくのゼロではない、とはいえ。
それならばいっそのこと、他の人間が消えればいい。
地球上から人類が消滅したという状況下にいざ置かれてみると、そう願ったことがこれまでに何度もあった気がしてくる。
誰もいなければ、誰もいなければ、誰もいなければ――。
……誰もいなければ?
「誰が逃げるかって話。ぼくは悪いことしていないのに」
『そりゃそうだろう』
出し抜けに、たっぷりと笑いを含んだ声が聞こえた。
物思いから我に返ると、黒板の直人の顔は跡形もなく消えている。チョークの消し残しすらも認められない。
『この世界には、イナ、君一人しかいないわけだからね』
その声は誰かに似ている気もするが、思い出せない。男なのか女のかさえも判別できない
『でもさ、一人しかいないってことはさ、一位であると同時に最下位でもある。違うかい?』
イナはだんだんいらいらしてきた。その感情を、黒板にぶつけたい。この感情、そう簡単に抑え込めそうにない。
そもそも神が、抱いた怒りを引っ込める必要がどこにあるのか。
「びびってんのか? 腰抜け」
腕組みをして背もたれにふんぞり返る。親の仇かのように、強い眼差しを黒板にぶつける。
「出てこいよ、こら」
戸は開きっぱなしになっている。中は無人だ。予想通りの光景ではあったが、見慣れた景色、嗅ぎ慣れた匂いなだけに、あと一歩か二歩間違えば物思いに耽ってしまいそうな、名状しがたい独特の感覚を覚えた。
特に理由はないし、必要性もないが、自分の席に着く。
「誰もいなかったら喜んで通うのになぁ、学校」
頬杖をつき、ため息をつく。視線は空虚な黒板に吸い寄せられる。
その黒板の中央に、突如として白いものが浮かび上がってきた。ぼやけた幾何学模様といった印象のそれは、次第に濃度を増していき、五秒も待たずに変化を停止した。白いチョークで、リアリスティックな筆致で描かれた、十五センチ四方の枠に収まるサイズの反町直人の顔だ。
驚きも恐怖もない。イナはただ、なじみ深い異性の顔を凝視する。
学校になんて好き好んで行きたくないが、直人といっしょなら毎日楽しく通えるかもしれない。イナはそう考えたことがこれまでに何度もある。
しかし、それは叶わぬ願いだ。二人の学年の差は四つ。イナが中学一年生を迎えるころには、直人は大学一年生だ。
留年でもすれば話は別だが、彼はファッション不良。最低限の学力と、道を大きく踏み外さないだけの倫理観を持ち合わせているから、その未来が実現する可能性はかなり低いだろう。
叶わぬ夢。
可能性はまったくのゼロではない、とはいえ。
それならばいっそのこと、他の人間が消えればいい。
地球上から人類が消滅したという状況下にいざ置かれてみると、そう願ったことがこれまでに何度もあった気がしてくる。
誰もいなければ、誰もいなければ、誰もいなければ――。
……誰もいなければ?
「誰が逃げるかって話。ぼくは悪いことしていないのに」
『そりゃそうだろう』
出し抜けに、たっぷりと笑いを含んだ声が聞こえた。
物思いから我に返ると、黒板の直人の顔は跡形もなく消えている。チョークの消し残しすらも認められない。
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イナはだんだんいらいらしてきた。その感情を、黒板にぶつけたい。この感情、そう簡単に抑え込めそうにない。
そもそも神が、抱いた怒りを引っ込める必要がどこにあるのか。
「びびってんのか? 腰抜け」
腕組みをして背もたれにふんぞり返る。親の仇かのように、強い眼差しを黒板にぶつける。
「出てこいよ、こら」
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