説得屋

阿波野治

文字の大きさ
上 下
34 / 64

コーメイと泰助①

しおりを挟む
「やっほー。来たよー」

 応対に出てきたネグリジェ姿の詩音に、レジ袋を顔の高さに持ち上げて笑いかける。シーフード味のカップラーメン、チョコレート味のコーンフレーク、牛乳、アメリカンドッグ、キシリトールガム、イカリング、ポテトチップスうすしお味、卵サンド、ゼロカロリーコーラ。アメリカンドッグはコンビニで、それ以外はスーパーマーケットで調達した。

「ありがとうございます、コーメイさん。すみません、助かります」

 さも恐縮したように頭を下げたが、顔から読みとれるのは好意を受けた喜び一色のみだ。

 ベランダで寝こんでいるのを発見してから、今日で四日目。顔色はだいぶよくなったし、玄関まで歩いてこられるほど体力も回復したが、全快するまでにはもう少しかかりそうだ。二日目、熱が引いた嬉しさのあまり外出するという愚行を犯し、再び熱を出して寝こんでしまったせいで。

 もっとも、その一件を大いに反省したようで、以降は大人しくしている。一日一回か二回の買い出し、ゴミ出し、洗濯物をコインランドリーで洗うなど、家事を代行してもらっているのを申しわけなく思い、手を煩わせる期間が長引くのを避けたい気持ちも作用しているようだ。あと二日も経てば、必ずや元気な詩音に会えるだろう。

「アメリカンドッグ、いい匂いですね! さっそく食べよっと」
「あれ? 朝食、昨日買ってなかったっけ。忘れちゃってたかな」
「もう食べましたよー。でも、なんか、早くも小腹が空いちゃって。不思議ですよね、部屋でごろごろしてるだけなのに。コーメイさんもいっしょに食べていきます?」
「いや、今日は遠慮する。これからひと仕事あるから」
「あっ、そうでしたね。この件に片がついたら、また四人で食事をしましょう。鍋を囲んだときみたいに」
「そうだね。四人でいっしょに」

 なにを食べるかについて意見を出し合い、詩音の腹の虫が鳴いて、笑い声が重なった。それを潮にコーメイは203号室を辞した。

『そうだね。今度は、誰も死なずに決着してくれればいいんだけど』

 そう言葉を返すつもりだったのだが、咄嗟に別のセリフに変更した。相手の言動に応じて、自らが発信する言葉を即興で最適化するテクニックは、説得屋をはじめてからずいぶんと上達した。

 養生中の詩音に、ネガティブな言葉はかけたくなかった。
 しかし、不吉な予感は拭い去れない。

 無理もない。
 なぜならば、山野レイは昨日、ホームセンターでロープを購入したのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...