どうせみんな死ぬ

阿波野治

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ゆくえ

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 真由が赤貝をミルクで煮込んでいると、インターフォンが鳴った。午後七時を回っていた。火を止め、応対に出る。宅配便だ。荷物は、胸に抱えられる大きさのダンボール箱。送り主は不明。サインをして箱を受け取ると、拍子抜けするほど軽い。
 配送トラックが走り去る音をドア越しに聞きながら、箱を開封する。入っていたのは、根本から切断された男性器。
 ストーカーのおちんちんだ、と真由は思った。

 真由はつい最近まで、出会い系サイトで知り合った自称精神障害者の男からストーカー被害を受けていた。ストーカー男は糞便、恐らくは自らの肛門より排泄された糞便で真由の郵便受けを満杯にするなどして、彼女を精神的に追い詰めた。
 身の危険を感じた真由は、元暴力団組員の知人男性に相談し、自称精神障害者の男を私刑に処する計画を練った。その計画に基づき、小春日和の昼下がり、真由は男を自宅近くの公園に呼び出した。のこのことやって来た男を、物陰に潜んでいた知人男性とその仲間が取り囲み、殴る蹴るの暴行を加えた。

「ストーカー野郎は紀伊水道に沈めてやったよ、真由」

 元暴力団組員の知人男性はそう報告した。その日を境に嫌がらせは途絶えたので、ストーカー男は紀伊水道に棲息する魚の餌になったものと信じ込んでいたが、まさか生きていたとは。
 しばし呆然としてしまったが、ダンボール箱の中身が示すように、ストーカー男は性器を失っている。男からレイプされる可能性は永遠になくなったのだと思うと、気が楽になった。
 おかずが赤貝のミルク煮だけでは少々寂しい。リビングの本棚からレシピ本を抜き取り、「五分で作れる! 簡単副菜ベスト50」のコーナーに載っていた、以下のレシピの一品を作った。

【男性器とピーマンの粒マスタード炒め】
 ①ピーマン一個は縦に半分に切って種を除き、斜め五ミリ幅に切る。
 ②男性器(必ず新鮮なものを使うこと)一本は薄いそぎ切りにする。
 ③フライパンで男性器を中火で炒める。焼き目がついたらピーマンを加え、しんなりするまで炒める。
 ④粒マスタード小さじ二分の一、塩胡椒少々で調味すれば完成。

 男性器を食したのは初めてだったが、独特の歯応えがあり、臭味もなく、甚だ美味だった。糞野郎でも他人を悦ばせられるのだから、捨てたものではない、と真由は思った。



 その夜、真由は夢を見た。
 真由は一糸纏わぬ姿でジャングルを歩いている。すると暗がりから、自称精神障害者のストーカー男が現れ、いきなり真由の肛門に自らの頭部を挿入した。首まで埋まったのを合図に、ストーカー男の体がゆっくりと時計回りに回転し始めた。男の頭部が直腸内の糞便を掻き回す。その感触が堪らなく嫌で、やめてよぉ、と泣き出しそうな声で真由は哀願する。
「仕方ないよ」
 直腸内から聞こえてきた男の声は、回転している上、実に素っ気ない。
「不能なんだから、仕方ないよ」
「私は不能なんかじゃない! 昨日だって、元暴力団組員の彼と――」
「いや、僕がだよ。見てごらん」
 肩越しに振り返った途端、ストーカー男の回転が停止した。男性器が突出して然るべき箇所からは、男性器ではなく、着色料たっぷりの魚肉ソーセージが生えていた。その先端にはピーマンが装着されている。真由とストーカー男を取り巻くジャングルを構成する植物、それよりも圧倒的に緑色が鮮明なピーマンが。



 翌朝、真由は白色のスーツを着て自宅を発った。
 真由が毎日乗るピンク色の電車は今朝も満員だ。両手で手すりに掴まり、電車が走り出した直後、
「僕、ピーマン大好き」
 耳元で声。
「大好きだよ、ピーマン。ピーマンピーマンピーマンピー」
 ストーカー男だ。
 そう思った瞬間、頸部に圧迫感。感触から、男が両手で首を絞めているのだと分かった。払い除けようとしたが、両手が手すりから離れない。よく見れば、手すりは手すりではなく、男性器だった。
 首を絞める手を払い除けられない。助けも呼べない。圧迫感は次第に増していく。
 ああ、逝く、逝く……。
 電車はぐんぐん走行速度を上げていく。乗客がざわつき始めた。
 逝く、逝く、逝っちゃう……。
 真由は自らの肛門から、自らの意思とは無関係に、粒マスタード色の物体が溢れ出すのを感じた。
 逝っちゃう、逝っちゃう!
 あまりの速度に、吊革や手すりに掴まっていない乗客が次々に転倒する。車内は悲鳴に埋め尽くされた。
 逝く! 逝く! 逝くぅううう……!
 電車は脱線し、線路脇に建つ建物に突っ込んだ。響き渡る轟音。震える大地。ステンレス製の棒状の物体によって穿たれた穴から白濁とした煙が溢れ出し、濛々と立ち上り、雲一つない蒼穹に拡散していった。
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