どうせみんな死ぬ

阿波野治

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お隣さんとの交流

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 初夏の夜、隣室に越してきた美人のお姉さんから蕎麦をいただいた。引っ越し蕎麦というやつだ。
 ちょうど夕食の時間だったので、いただいたばかりの蕎麦を食べることにする。麺を茹で、丼に入れたところで、僕は大変なことに気がついた。
 つゆがない!

「つゆなら私が持っているわ」

 出し抜けの声。振り向くと、玄関のドアの内側に、いつの間にか若い女性が佇んでいた。こちらへと歩み寄ってくる。ソバージュヘア、頬に散った雀斑、蕎麦色のワンピース――お隣さんだ。隣室に越してきた、引っ越し蕎麦を僕にくれた、美人のお姉さん。
 お隣さんはワンピースの裾をたくし上げ、蕎麦が入った丼に跨った。下着を穿いていなかった。僕は赤面し、顔を背けた。

「現実を直視しなさい、坊や」

 耳に届いたのは、優しくも厳しいお隣さんの声。

「現実を直視しなければ、永遠に蕎麦にありつけないわよ。さあ、こちらを向きなさい」

 ちょろちょろ、という水音が聞こえた。恐る恐る顔を戻すと、お隣さんの股間から液体が湧き出し、丼の中に流れ込んでいた。液体はアップルジュースのような色合いで、掃除が行き届いていないトイレのような臭いがした。
 この液体、本当につゆなの?
 そんな疑問が脳裏を過ぎったけれど、お隣さんがつゆだと言っているのだから、つゆなのだろう。

 丼は蕎麦とつゆで満杯になった。お隣さんは腰を上げ、ワンピースの裾を元に戻した。冷蔵庫へと歩を進め、ドアを開ける。ごろん、と中からなにかが床に転げ落ちた。嬰児の死体だ。
 お隣さんは嬰児の死体を無視し、冷蔵庫の中から魚肉ソーセージと山芋を取り出した。こちらまで引き返し、魚肉ソーセージを僕に手渡す。

「魚肉ソーセージの皮を剥きなさい、坊や」

 お隣さんはおっぱいの谷間に指を突っ込み、なにかを取り出した。おろし金だ。

「坊やは剥き出しの魚肉ソーセージで、丼の中の蕎麦を一心不乱に突きなさい。私はおろし金で山芋をすりおろして、とろろを丼の中に落とし入れるから。分かった?」

 僕は頷き、魚肉ソーセージの皮を剥いた。慌てて剥いたせいで、先端が欠け、爬虫類の頭部のような形状になってしまった。
 魚肉ソーセージを両手で持ち、爬虫類の頭部のような先端で蕎麦を突く。一定のリズムを保って、何度も何度も突く。丼にはつゆが満々と湛えられているので、魚肉ソーセージを突き入れるたびに、ぴちゃぴちゃと水音が立ち、つゆがこぼれた。

 お隣さんはおろし金で山芋をすりおろし始めた。白くどろどろとしたとろろが、次から次へと丼の中に垂れ落ちていく。
 山芋、皮つきのまますりおろして大丈夫なの?
 そんな疑問が胸裏に浮かんだけれど、作業を疎かにしてはお隣さんに対して失礼だと思い、黙々と手を動かし続けた。

 僕はひたすら魚肉ソーセージで蕎麦を突き、お隣さんはひたすらおろし金で山芋をすりおろした。二人の手の動きは次第に激しさを増していく。息が弾んできた。

「認知して……!」

 突然の絶叫に、僕の両肩は跳ね上がった。顔を振り向けると、お隣さんの手から山芋が消えていた。全部すりおろしたのだ。叫び声は、作業完了の合図だったのだ。
 何分もの間、休みなく動き続けたので、僕もお隣さんもすっかり汗だくだ。汗だくだけれど、お隣さんは晴れやかな笑みを浮かべている。きっと僕も似たような表情をしているに違いない。

「さあ、二人で協力して作ったとろろ蕎麦、どうぞ召し上がれ」

 魚肉ソーセージをおっぱいの谷間に押し込み、お隣さんは言った。僕はとろろ蕎麦を食べ始めた。蕎麦もとろろも普通の味だったが、つゆは変な味がした。
 このつゆ、もしかして、尿じゃないの?
 そう思ったけれど、一風変わった味がするつゆなのだと自らに言い聞かせ、蕎麦をちゅるちゅると音を立ててすすった。

「嬰児の死体、貰うね」

 お隣さんの声。振り向くと、お隣さんはいつの間にか白衣に着替えている。冷蔵庫の前まで移動し、床に転がっている嬰児の死体を拾い上げ、ぼりぼりと音を立てて食べ始めた。
 いやいや、嬰児の死体を生で食べるのはまずいでしょ、生で食べるのは。
 そう思ったけれど、お隣さんがしていることに文句をつけるべきではないと自らに言い聞かせ、蕎麦をちゅるちゅると音を立ててすすった。

「私たち、長い付き合いになりそうね」

 嬰児の死体をぼりぼりと食べながらお隣さんは言った。

「ずっと傍にいるよ」

 蕎麦をちゅるちゅるとすすりながら僕は応じた。
 長い付き合いにはならないし、ずっと傍にはいられないだろうけれど、少なくとも、食事が終わるまでは一緒にいられる。
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