どうせみんな死ぬ

阿波野治

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血は争えない<後編>

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 リオちゃんは隣町に住む叔母さんと叔父さんの家に引き取られた。
 姉妹だけあってリオちゃんのママと顔がそっくりな叔母さんは、普段はおっとりとしているが、ひとたび機嫌を損ねると、人が変わったように凶暴になった。叔父さんは常に薄ら笑いを顔に貼りつけていて、口癖のように「人生に疲れた」と言った。二人は暇を見つけては口論をした。リオちゃんに対する態度は優しくも厳しくもなく、必要に迫られない限りリオちゃんに話しかけることはなかった。

 転校先の小学校で、リオちゃんはクラスメイトから虐めを受けた。
 リオちゃんが学校で「おかしな行動」をとるようになったのは、ちょうどそのころからだ。
 リオちゃんが受けた虐めの内容は、悪口を言われる、嘲笑される、無視される、暴力を振るわれる、私物を隠される、給食に異物を混入されるなどの、ありふれたものだった。

 一方で、方リオちゃんがとる「おかしな行動」はバリエーションに富んでいた。
 例えば、授業中に突然、教室の窓を全開にし、外に向かって大声で「おっぱい」という一語を連呼する。
 給食中、箸を左右の手に一本ずつ持ち、プロペラのように体を回転させながら教室から出て行く。
 床に仰向けに寝転び、口を金魚のようにぱくつかせながら、瞬き一つせずに天井を凝視する。
 机の上に乗り、髪の毛を振り乱しながら放屁をする。
 消しゴムを食べる。
「顔がない」と悲痛な声で訴えながら、握り拳で教科書を殴打する。
 掃除用具を収納するロッカーに立てこもる。
 両目を見開き、口から泡を吹き、全身を痙攣させながら体操着に着替える。

 おはぎを作ったこともあった。
 給食時間に白いご飯を食べている最中、今朝、校門前の道にうんこが落ちているのを見かけたことを思い出した。矢も楯もたまらず現場に駆けつけると、うんこはまだあった。素手で掴んで教室にとって返し、調理を開始する。ママの手捌きを思い返しながらの作業となった。うんこが硬かったために、ご飯に上手く纏わせることができず、完成したおはぎの見た目は不細工だった。食べてみると、全然甘くない。
 あたしはコウノトリに運ばれてきた子供で、ママとは血が繋がっていないから、魔法が使えないんだな、とリオちゃんは思った。

 リオちゃんがとる「おかしな行動」を、クラスメイトは「わけ分かんねぇ」「うざっ」「きもいんだけど」などと評し、嫌悪と侮蔑の色を隠さなかった。
 リオちゃんは、周りの人間を困惑させたり、怖がらせたりしたいがために「おかしな行動」をとっているのではない。自分がしたいと思った行動を即座に実行に移しているだけだ。
 そうとは知らないクラスメイトは、容赦なくリオちゃんを虐めた。「うざい」「きもい」「臭い」「消えろ」「死ね」などと暴言を浴びせ、殴ったり蹴ったりした。
 リオちゃんはいつしか、学校に行きたくない、と思うようになった。初めはその気持ちをどうにか抑え込んでいたが、それも次第に難しくなってきた。

 自力では解決できない問題に直面したとき、リオちゃんは決まってママに助けを求めた。
 だが、ママはもうこの世にはいない。パパを殺して、自分も死んでしまった。
 ママが生きていればよかったのに。生き返ればいいのに。
 そう思った瞬間、あるアイデアが閃いた。
 リオちゃんはそのとき、叔母さんにお遣いを頼まれてスーパーマーケットに向かっているところだったが、大急ぎで家に引き返した。

 自室に駆け込むや否や、押し入れの戸を開いた。片隅でダンボールが一箱、寂しく埃を被っている。引っ越しの荷物の一部が詰められたままになっているダンボール箱だ。
 ガムテープを剥がすと、ガラクタの山の中にそれは埋もれていた。太鼓だ。肩紐がついていて、直径がフライパンほどある、オモチャの太鼓。
 リオちゃんは「復活の儀式」を執り行い、ママを生き返らせようと考えたのだ。



 時刻は午前零時を回った。
 リオちゃんは自室を抜け出し、忍び足で階段を降りて庭に出た。手にはオモチャの太鼓と骨壺を持っている。骨壺にはママの遺骨が納められている。夕方、一人でこっそり墓地に行き、一晩だけ借りるつもりで持ち帰ったのだ。
 満月が闇夜に浮かんでいる。一帯は静寂に包まれ、虫の鳴き声一つしない。
 芝生の上に骨壺を置き、紐を肩にかけ、リオちゃんは太鼓を叩き始めた。
「踊るようにステップを踏みながら叩く」というのが難しかった。叔母さんや叔父さんが目を覚ますのではないか、という懸念もあった。それでも叩き続けているうちに、慣れがリオちゃんを上達させ、大胆にさせた。なにより、月明かりの下で楽器を演奏するのは楽しい。我を忘れて太鼓を打ち鳴らした。

 半時間ほどして、リオちゃんは芝生の上にへたり込んだ。叩いたりステップを踏んだりするのに疲れ、立っていられなくなったのだ。
 骨壺に変化はなかった。中身を確かめたが、歯のように白い骨が入っているだけだ。
「復活の儀式」は失敗に終わったのだ。
 なぜ失敗したのだろう。なにがいけなかったのだろう。満月を見上げながら懸命に考えた。
 考えに考えて、でも分からなくて、諦めかけたとき、頭の中で声が響いた。

『血は争えん。望もうが望むまいが、子は親に似るもんや』

 告別式の前に聞いた、小太りのおばさんの言葉だ。
 それを再び聞いた瞬間、リオちゃんは全てを理解した。
 ママはあの日、頭のない犬の死体を前に「復活の儀式」を行っていた。だからあたしは、ママはその犬を生き返らせるつもりなのだと思っていたが、そうではなかったのだ。犬の死体は、儀式に必要な道具の一つに過ぎなかったのだ。
 ママが生き返らせたかった動物、それはママの母親だ。パパを殺して自分も死んだママを生き返らせたいとあたしが願ったように、ママの父親を殺して自分も死んだママの母親を生き返らせたいとママは願ったのだ。
 あたしは、コウノトリに運ばれてきた子供なんかじゃない。

『血は争えん。望もうが望むまいが、子は親に似るもんや』

 ママと同じように、自分にとってのママを生き返らせようとしたのだから、ママの子供だ。

 リオちゃんは大きく息を吐いた。この上なく晴れやかな気分だった。これからは、なにも怖れずに生きていける気がした。
 首のない犬の死体でなければいけないのか。犬の死体であれば首が繋がっている・いないは問わないのか。動物の死体ならなんでもいいのか。いずれにせよ、この場に動物の死体はないのだから、今すぐに「復活の儀式」をやり直すことはできない。
 リオちゃんは太鼓と骨壺を抱えて自室に戻った。押し入れのダンボール箱を探ると、思ったとおり、斧が出てきた。ママの母親がママの父親を殺すのに使い、ママがパパを殺すのに使った、血塗られた凶器が。
 この斧でクラスメイトの誰かを殺して、その死体を「復活の儀式」に使おう。あたしを虐める人間の数を一人減らせるし、ママも生き返る。儀式を成功させさえすれば、薔薇色の未来があたしを待っている。
 斧を枕元に置き、布団に潜り込んで目を閉じた。
 夜が明けるのが楽しみだった。



 リオちゃんが眠りに就いて間もなく、リオちゃんの部屋のドアが音もなく開かれた。
 入室したのは、リオちゃんの叔母さん。
 顔は無表情で、右手には包丁が握り締められている。
 抜き足差し足でリオちゃんの布団に歩み寄る。
 枕元に置かれている斧が目に留まった。
 叔母さんの口角がつり上がる。
 包丁を床に置き、斧を両手に持つ。

「血は争えない……。望もうが望むまいが、子供は親に似る……」

 大きく振りかぶり、リオちゃんの頭部を目がけて凶器を振り下ろした。
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