どうせみんな死ぬ

阿波野治

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惑いの森 後編

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 翌朝、目を覚ました私たちは、すぐさま出発した。というより、昨日の眩暈の一件を理由に、もう少しゆっくりしていくべきだと主張するリーファを説き伏せ、半ば強引に移動を開始した。一眠りし、心身の疲れが取れたからだろうか、待ち合わせに遅れたくないという気持ちが勢力を回復していた。焦りにも似た、そんな欲求の激しさだった。
「ねえ、お話は?」
 気が急くせいで、つい口を動かすことを疎かにしてしまい、たびたびリーファに苦言を呈された。そのたびに謝罪し、話を再開したが、内心では面倒くささを感じていた。リーファが道案内に専念してくれれば、もっと早く森から出られるのに。そんな考えが心に浮かんでからは、その考えに心を支配された。
 私が話をしていない間は道案内を中断するなど、私にとって明確に不利益となる行動を取っているわけではない。リーファはただ、交換条件である私の話を、常識の範疇で要求しているだけだ。彼女を悪者扱いするなんて、間違っている。そう自らを戒めても、彼女の言動に対する不快感を払拭できない。
『待ち合わせには絶対に遅れてはならないんだ。合いの手を入れたり、聞き返したりする暇があるなら、さっさと出口へ向かってくれ』
 何度そう叫びそうになったか分からない。
 今日初めてとなる休憩を取り、再び歩き出した直後、違和感を覚えた。端的に言うならば、既視感。昨日も同じ道を通ったような、そんな気がするのだ。
 会話に意識を奪われていたため、景色には殆ど注意を払ってこなかったから、単なる勘違いかもしれない。森は広大だから、似たような景色の中を歩くこともあるだろう。そう自らに言い聞かせたが、違和感は消せない。
 それから十分ほど歩いて、思わず足を止めた。前方右手に、見覚えのある茂みを見つけたのだ。
「どうしたの?」
 私と同じ方向を向いて、リーファは小さく声を漏らした。私は茂みに向かって突進した。
「ダメ! 行かないで!」
 声を無視し、茂みを掻き分けて向こう側に出る。
 驚愕のあまり、声が出ない。
 視線の先には切り株があった。道に迷い、歩き疲れた私が腰を下ろした切り株。リーファと出会った場所の目印でもある切り株が。
 沸々と怒りが込み上げてくる。それが頂点に達したのに前後して、リーファが弱々しく羽ばたきながら私の前まで来た。
「騙したのか!」
 自分でも驚くほど大きな声が出た。リーファは身を竦めた。
「私を騙したのか! どういうことか説明しろ!」
 リーファは酷く怯えていたが、黙っていても火に油を注ぐだけだと判断したのだろう。思い切ったように打ち明けた。
「わたし、ずっと一人きりだったから、あなたと出会えてすごくうれしかったの。できるなら、永遠にいっしょにいたいと思った。でも、森を出ちゃうともう会えなくなると思ったから、同じ道をぐるぐると――」
 私の中で何かが切れた。リーファの体を両手で掴む。
「なんということをしてくれたんだ、お前は! 絶対に遅れてはならないんだぞ! 絶対に遅れてはならないのに、過ぎ去った時間は二度と戻ってこないのに、お前は、お前は……!」
 自らの手を自らの手で握り潰すように力を込める。苦悶に歪むリーファの顔が視界に映ったが、黙殺した。リーファを罵倒する言葉を吐き散らしながら、彼女の体を圧迫し続けた。
 やがて私は我に返った。息を呑み、恐る恐る両手を開いた。現れたのは、弛緩しきったリーファの体。温もりはまだ残っていたが、鼓動は完全に停止していた。
 リーファの死を認識した瞬間、「惑いの森」から脱出する唯一の希望を、自らの手で握り潰してしまったことを私は悟った。

 森は再び闇夜に支配された。
「ああ、リーファ……」
 私は切り株の 傍らに仰向けに横たわっている。毛布は被っていない。胸元をはだけ、その上にリーファの亡骸を載せている。
「リーファ……。ああ、リーファ、リーファ……」
 呼びかけても、リーファがそれに応えることはない。その小さな体は最早温もりを失っている。薔薇色に輝いていた翅は醜く黒ずんでしまった。
 これが死なのだ。
 そう思った瞬間、両目に溜まっていたものが溢れ出し、こめかみを通過して地面に落下した。
 リーファの死を少しでも意味のあるものにしようと、絶対に遅れてはならない待ち合わせの詳細を思い出そうと試みた。
 刹那、激しい眩暈に襲われ、私の意識は闇に呑み込まれた。
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