どうせみんな死ぬ

阿波野治

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ひみつ

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 ママときょうだいたちはベッドでぐっすり眠っているし、天気もいいので、ぼくは今日こそ山に行くことにした。「危ないから山に入ってはダメよ」とママは口うるさく言うけれど、ぼくはきょうだいの中で一番足がはやい。ほかのネコに出会ったり、悪いニンゲンに見つかったりしても、逃げきれる自信があった。

 家からだと大きな緑色のかたまりに見えた山は、近くに行ってみると、たくさんの木が集まってできていることが分かった。木はどれも、道路に生えているのよりもずっと大きい。はじめての場所に行くのはすこし怖いけれど、勇気を出して山に入っていく。
 山の中はうす暗くて、空気がすこし冷たかった。道は曲がりくねっているけれど、一本道なので迷う心配はない。ぼくはずんずん進んでいった。

 なん分か歩きつづけて、道のはしに石が転がっているのを見つけた。ニンゲンのこぶしくらいの大きさの、四角い石だ。黒い線で文字が書かれているけれど、ぼくには読めない。文字が書いてあるということは、ニンゲンが置いた石なのだろう。でも、なんでこんなところに? なんだかとても気になって、石のにおいをかいだり、石にさわったりした。

「こんにちは」

 いきなり声がしたので、ぼくの全身の毛は逆立った。振り向くと、ぼくの後ろに一匹のネコが座っていた。全身真っ黒で、ぼくよりもずっと体が小さい。とびのいてクロネコと距離をとり、うなり声を出す。でも、クロネコはぼくのことをぜんぜん怖がっていない。

「ハヤテくんだね。会えてとてもうれしい」

 クロネコはにこやかに話しかけてきた。ぼくはとび上がるくらい驚いた。だって――。

「ぼくときみは初めて会ったのに、なんできみはぼくの名前を知っているの?」
「それはね、ぼくときみはきょうだいだからだよ」
「きょうだい? ぼくのきょうだいにクロネコなんていないよ。キジトラが二匹、シロクロが二匹、キジシロのぼく、その五匹で全員だ」
「そっか。やっぱり知らないんだね」

 クロネコは話しはじめた。


 話によると、クロネコは、ぼくやぼくのきょうだいといっしょにママのおなかから生まれたらしい。
 でも、クロネコは生まれつき体が弱くて、ママのおっぱいをちゃんと飲むことができなかったので、生まれた数日後に死んでしまった。
 そこで、ご主人さまはオハカを作ることにしたのだけれど、ご主人さまの家には庭がなかったので、家の近くにある山にオハカを作ったのだそうだ。


 ぼくとクロネコは、きょうだい!
 とても信じられなかったけれど、クロネコは表情も声もとてもマジメだったので、ウソを言っているわけじゃなさそうだ。
 ぼくたちは五匹きょうだいではなくて、六匹きょうだいだったなんて!
 ぼくはなんだか、あたりを思いきり走り回りたくなった。

「ねえ、いっしょに家に帰って、きょうだいみんなで遊ぼうよ」

 そう誘うと、クロネコはかなしそうな顔をして首を横に振った。

「ムリだよ。ぼくは死んでいるから、オハカのそばから離れられないんだ」
「なんで? 脚はちゃんと四本あるのに」
「信じられないかもしれないけど、死っていうのはそういうものなんだよ。ハヤテくんはまだ子どもだから分からないだろうけど」

 クロネコはぼくと同じ子どもなのに、子どもには分からないはずの死のことを、なんで分かっているんだろう? 子どもでも、死んでしまえば、死のことが分かるものなんだろうか?

「だったら、ぼくも死にたいな。死んで、きみがオハカのそばから離れられない理由を知りたいな」

 そう言うと、クロネコはかなしそうな顔をさらにかなしそうに歪めたので、ぼくまでかなしい気持ちになった。

「ハヤテくん、もう家に帰ったほうがいいよ。ママやきょうだいが心配しているから」
「そんなの、いやだよ。だって、きみとはまだすこししか話をしてない」
「二度と会えなくなるわけじゃない。きみが生きていれば、必ずまたぼくに会えるよ。だから、今日のところは家に帰って、みんなを安心させてあげて」

 これ以上ワガママを言ったら、クロネコは今よりももっとかなしい気持ちになる、と思った。ぼくはうなずき、クロネコにおしりを向けて、来た道を引き返しはじめた。
 ぼくは走った。一秒でもはやく家に帰って、みんなを安心させたかったからじゃない。死んでしまったきょうだいがいることを、一秒でもはやく、生きているきょうだいたちに教えたかったから。
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