どうせみんな死ぬ

阿波野治

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赤ちゃんは死ぬ

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「赤ちゃんって、死ぬんだ……」

 いちごは思わずそう呟いた。
 二泊三日の旅行から帰宅すると、トイレの横に置いてあるみかん箱の中で、生後四か月になる息子のめろんが死んでいたのだ。
 十四年と数か月の人生の中で、いちごは赤ちゃんが死んだところを見たことが一度もなかった。従って、赤ちゃんは死なないものと思っていた。だからこそ泊りがけの旅行に出かけたのだが……。

「どうしよう」

 お土産に買ったばなな大福を冷蔵庫に入れながら、いちごは呟く。

「めろん、どうすれば生き返るのかな。何回か叩けば息を吹き返すかな」

「何回か叩けば」というのは、いちごの母方の祖父が昔、その方法でテレビの故障を直したことがあったのを踏まえての発言だ。しかし、旅行から帰ったばかりで疲労感が強く、作業に取りかかる気力が湧かない。

「放っておいたら生き返るよね、きっと」

 いちごは下着姿になり、ベッドに横になった。疲れていたので、すぐに眠ることができた。



 目を覚ましたいちごが真っ先に感じたのは、悪臭。
 鼻をつまみながらトイレの横まで行って、思わず叫んでしまった。
 みかん箱の中で、めろんは生き返るどころか、腐っていたのだ。

「ちょっと! なんなのよ、もう!」

 いちごはトイレのドアを蹴飛ばした。彼女は不機嫌な時、物に八つ当たりする悪癖があった。

「お土産のばなな大福、朝ご飯に食べようと思っていたのに、こんなにくさかったら食欲湧かないじゃない!」

 いちごは手早く着替えを済ませると、腐った息子に一方的に留守番を命じ、近所の児童公園に自主避難した。ブランコを漕いでいるうちに、イライラした気持ちは薄れていった。現実逃避している場合ではない。息子をどうにかしないと。

「赤ちゃん、生き返らせる方法、簡単……っと」

 検索をかけてみたが、黒魔術を紹介する怪しげなサイトしかヒットしない。いちごは途方に暮れた。部屋に帰って、おじいちゃんがテレビに対してやった、叩いて直す方法を試してみようかな? でも、帰るの、嫌だな。だって、くさいし。
 いちごは藁にもすがる思いで、男友達のぶどうに電話をかけた。三回のコールで繋がった。

「なんか用? 俺、寝てたんだけど」
「なんかね、めろんが死んじゃった」
「はあ?」
「生き返らせたいんだけど、方法が分からないの。ていうか、腐っちゃって凄くくさいから、部屋に帰りたくても帰れないっていうか」
「腐ってんの? 息子が? マジウケるんだけど!」

 ぶどうはげらげらと笑った。

「めろんを生き返らせて。ぶどうは中卒だし、社会人だから、私より物知りでしょう」
「生き返らせたら、なんかくれる?」
「ばなな大福あげる。昨日まで旅行に行ってたんだけど、そのお土産」
「よっしゃ、了解。今すぐそっちに行く」



 十分後、いちごとぶどうはアパートの前で合流を果たした。
 十分ほど無駄話をして、部屋に足を踏み入れる。

「うわ、くっせぇ! なにこれ? くさっ! マジでくさいんだけど!」

 よっぽどくさかったらしく、玄関のドアを開けてからみかんの箱に辿り着くまでの約一分間、ぶどうは二十回以上も「くさい」と言った。

「くさいものには蓋をしろよな、まったく……」

 ぶどうはみかん箱の蓋を閉めた。悪臭は完全に消えなかったものの、閉める前よりもかなりマシになった。いちごはいたく感心した。さすがぶどうは中卒だけあって、頭がいい。

「で、それからどうするの?」
「外に行くぞ。ほら、箱持って」

 いちごはみかん箱を胸に抱え、ぶどうに続いて部屋を出た。
 アパートには小さな庭があり、大家が何種類かの野菜を育てている。その庭の土を、ぶどうは素手で掘り始めた。スコップがどこにも見当たらないから仕方なく、といった風に。

「なんで穴を掘ってるの? めろんを生き返らせるんじゃないの?」
「いいから、黙って手伝えよ」

 いちごは手伝った。二人がかりで掘った上、土が柔らかかったので、あっという間に深い穴ができた。ぶどうはそこにみかん箱を入れ、土を被せた。

「よしっ、完了! これで数年後には、元気なめろんが収穫できるぞ」
「えー、数年? そんなに待たなきゃいけないの?」
「生き返るだけマシと思えよ」

 いちごとぶどうは、もうくさくなくなった部屋に戻り、ばなな大福を食べた。

「美味しいね、ばなな大福」
「ああ、美味いな」

 二人はばなな大福の味を絶賛した。短い時間とはいえ、体を動かしたから美味しく感じられたのだろう、といちごは思った。
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