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ここ数日の雨続きが嘘のように晴れた土曜日、一輝は朝から買い出しに出かけた。大量の食材を買い込み、早くからでもしておける準備は済ませておき、来るべきそのときに備える。
昼下がりから夕方に移り変わろうという時間帯に差しかかり、一輝は調理を開始する。数日ぶりに作るチャーハン。食材を炒めることで立ち昇った匂いはどこか懐かしく、瀬理に食べてもらうそのときが待ち遠しくてたまらない。
難しいのは瀬理に声をかける勇気とタイミングだ。食材を刻んでいるあいだも、炒めているあいだも、頻繁にベランダに出て西崎家のほうをうかがった。
調理が完了し、勇気を出して家まで呼びに行こうかと考えながらベランダに出て、瀬理の姿を見つけた。学校帰りらしく制服姿で、ちょうど西崎家の門を潜って敷地内に入ったところだ。
玄関にたどり着いたらあの日みたいに座り込んで膝を抱えてしまう、と思った。というよりも、そう思い込むことで勇気を奮い立たせた。
「おーい、西崎さん! こっち、こっち!」
大声で呼びかけると、瀬理の両足が地面に吸いつけられた。ベランダの手すりから軽く身を乗り出して手を振る一輝の姿を認めて、双眸が見開かれる。
「ちょうどよかった。早めの夕食の準備をしていて、たった今完成したところなんだ。西崎さんも食べに来てよ」
瀬理の顔は戸惑いに包まれている。気後れしてもいるらしい。一輝は言葉を付け足したい気持ちをぐっと抑え込み、笑顔で彼女を見つめ続ける。
やがて根負けしたらしく、瀬理は小さく頷いて潜ったばかりの門を出た。進行方向は、一輝が暮らすアパート。
彼は大急ぎで食事の準備に取りかかった。
* * *
「久しぶりだね。もう食べる準備は整っているから。入って、入って」
瀬理はためらいがちながらも、何日かぶりに一輝の部屋へと足を踏み入れる。六畳間のローテーブルまで歩を進めて、軽く息を呑んで足を止める。
テーブルの上には皿に盛りつけられたチャーハンがある。一輝と瀬理の交流が始まった記念すべき一日に二人が食べた、チーズと何種類かの野菜が入ったチャーハン。
瀬理は唖然と皿を見つめている。あの日のチャーハンを再現した一皿だということに、どうやら気がついているらしい。自分の分をキッチンから運んできた一輝が、それをテーブルに置いて床に胡坐をかくと、瀬理もようやく座った。
「感想が聞きたいから、西崎さんが先に食べて。さあどうぞ」
瀬理は促されるままにスプーンを手にする。確認を求めるように見つめてきたので、一輝は快く頷く。一口すくって口へと運ぶ。噛みしめる。
瀬理の頬を一粒の涙が滑り落ちた。
「え? え? ちょっと西崎さん、どうしたの? 大丈夫?」
「ごめんなさい」
瀬理は顔を背けて何回か洟をすすり、乱れた心をなんとか落ち着かせた。そして、潤んだ瞳で一輝を見返す。
「一口食べた瞬間、あの日の味だって分かって。具材、いろいろなものがたくさん入っているのに、それを全部、わたしなんかのために刻んだり炒めたりしてくれたんだと思うと、感動しちゃって、涙を止められなくて……」
昼下がりから夕方に移り変わろうという時間帯に差しかかり、一輝は調理を開始する。数日ぶりに作るチャーハン。食材を炒めることで立ち昇った匂いはどこか懐かしく、瀬理に食べてもらうそのときが待ち遠しくてたまらない。
難しいのは瀬理に声をかける勇気とタイミングだ。食材を刻んでいるあいだも、炒めているあいだも、頻繁にベランダに出て西崎家のほうをうかがった。
調理が完了し、勇気を出して家まで呼びに行こうかと考えながらベランダに出て、瀬理の姿を見つけた。学校帰りらしく制服姿で、ちょうど西崎家の門を潜って敷地内に入ったところだ。
玄関にたどり着いたらあの日みたいに座り込んで膝を抱えてしまう、と思った。というよりも、そう思い込むことで勇気を奮い立たせた。
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「ちょうどよかった。早めの夕食の準備をしていて、たった今完成したところなんだ。西崎さんも食べに来てよ」
瀬理の顔は戸惑いに包まれている。気後れしてもいるらしい。一輝は言葉を付け足したい気持ちをぐっと抑え込み、笑顔で彼女を見つめ続ける。
やがて根負けしたらしく、瀬理は小さく頷いて潜ったばかりの門を出た。進行方向は、一輝が暮らすアパート。
彼は大急ぎで食事の準備に取りかかった。
* * *
「久しぶりだね。もう食べる準備は整っているから。入って、入って」
瀬理はためらいがちながらも、何日かぶりに一輝の部屋へと足を踏み入れる。六畳間のローテーブルまで歩を進めて、軽く息を呑んで足を止める。
テーブルの上には皿に盛りつけられたチャーハンがある。一輝と瀬理の交流が始まった記念すべき一日に二人が食べた、チーズと何種類かの野菜が入ったチャーハン。
瀬理は唖然と皿を見つめている。あの日のチャーハンを再現した一皿だということに、どうやら気がついているらしい。自分の分をキッチンから運んできた一輝が、それをテーブルに置いて床に胡坐をかくと、瀬理もようやく座った。
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「え? え? ちょっと西崎さん、どうしたの? 大丈夫?」
「ごめんなさい」
瀬理は顔を背けて何回か洟をすすり、乱れた心をなんとか落ち着かせた。そして、潤んだ瞳で一輝を見返す。
「一口食べた瞬間、あの日の味だって分かって。具材、いろいろなものがたくさん入っているのに、それを全部、わたしなんかのために刻んだり炒めたりしてくれたんだと思うと、感動しちゃって、涙を止められなくて……」
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