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思いがけない出来事はいつだって瀬理から始まる。
「あの、大倉さん。言おうかどうか、ぎりぎりまで迷ったんですけど」
ローテーブルを挟んで向かい合った土曜日の夕方、チャーハンを食べているさなかに瀬理がおもむろに切り出した。
本日のチャーハンは、たくあんチャーハン。キムチ、そして高菜漬けと、漬物は塩気とうま味が付与されるため、チャーハンの食材にぴったりだという学びを活かし、既存のレシピには頼らずに作った一皿だ。出来栄えは上々で、最近考案した新しい組み合わせの中では当たりの部類に入る。瀬理も「すごく美味しい」と称賛してくれたので、一輝は気分がよかった。
それなのに、水を差すような彼女の発言。
まだ具体的なことは言っていないが、付き合いを重ねたからこそ分かる。瀬理のおどおどとしたその表情は、悪い知らせを伝えるときの顔だ。
「チャーハンを作ってもらうの、一週間に二回から一回にしてくれませんか。わたし、ちょっと事情があって。大倉さんの負担も減って一石二鳥だと思うし」
「俺は負担だとは思っていないけど……。ていうか、事情ってどういうこと?」
「すみません、それは言えないんです。人生が一変するような大きな出来事があった、とかではないんですけど」
心配をかけたくなくて口を濁したのだろうが、一輝はかえって気になった。暗い顔を俯けて歩く姿が、自宅の玄関先で座り込んでいる姿が、矢継ぎ早に脳裏を過ぎった。
できれば事情を訊き出したい。ただ、瀬理は自らのプライベートを明かすのを好まない少女だ。この世界の全ての存在に謝罪の意思を表明しているような、苦しげな顔を見ていると、根掘り葉掘り尋ねるのは可哀想に思えてくる。
「そっか、それは残念だ。でも、週に一回は今までどおり来てくれるんだよね?」
「はい、もちろん」
瀬理は笑顔を見せた。
どう考えても、無理に笑っている。
しかし、そう指摘したところでなにになるというのだろう? 一輝も微笑んでスプーンの動きを再開する。
西崎さんも、俺が無理に笑顔を作っているのを見抜いたかもしれない。
そう思いながら黙々と頬張る。チャーハンは美味しく作れたのに、心を覆う雲は晴れそうにない。
* * *
一週間に二回が一回に減っただけで、瀬理と二人きりになれるまでの時間がたまらなく長く感じられた。
頻度を減らした理由について、事情があると瀬理は言っていた。それは嘘ではない、と一輝は思う。しかし同時に、自分が作るチャーハンにさほど魅力がないのも一因だ、と考えてもいる。
住まいが隣り合っているだけの男のもとに単身乗り込むほど、瀬理は一輝が作るチャーハンに惹かれた。そのチャーハンを食べることで、困難を乗り越えるための糧にしたい。瀬理がそう考えているのなら、食べにくる回数を増やすことはあっても減らすことはないはず。
一輝が瀬理の期待に応えられていないのだ。
最近はネタ切れの感が強く、レシピサイトで見つけた奇をてらったレシピばかり参考にしている。瀬理が、変わり種よりもオーソドックスな味を好むと判明したあとも、宝くじの一等を狙うような気持ちでその方法を選び続け、姿勢を改めようとしなかった。
だからといって、今さらオーソドックスなチャーハンに戻したとしても、瀬理とのあいだに立ちはだかる壁は越えられるとは思えない。
頻度が減ったとはいえ、交流自体は絶えることなく続いているのに、一輝は悶々としてしまう。
大学にはまったく行っていない。チャーハン作りへの情熱は下がる一方だ。
近い将来になにか大きな不幸が起きそうな、そんな予感がする。
「あの、大倉さん。言おうかどうか、ぎりぎりまで迷ったんですけど」
ローテーブルを挟んで向かい合った土曜日の夕方、チャーハンを食べているさなかに瀬理がおもむろに切り出した。
本日のチャーハンは、たくあんチャーハン。キムチ、そして高菜漬けと、漬物は塩気とうま味が付与されるため、チャーハンの食材にぴったりだという学びを活かし、既存のレシピには頼らずに作った一皿だ。出来栄えは上々で、最近考案した新しい組み合わせの中では当たりの部類に入る。瀬理も「すごく美味しい」と称賛してくれたので、一輝は気分がよかった。
それなのに、水を差すような彼女の発言。
まだ具体的なことは言っていないが、付き合いを重ねたからこそ分かる。瀬理のおどおどとしたその表情は、悪い知らせを伝えるときの顔だ。
「チャーハンを作ってもらうの、一週間に二回から一回にしてくれませんか。わたし、ちょっと事情があって。大倉さんの負担も減って一石二鳥だと思うし」
「俺は負担だとは思っていないけど……。ていうか、事情ってどういうこと?」
「すみません、それは言えないんです。人生が一変するような大きな出来事があった、とかではないんですけど」
心配をかけたくなくて口を濁したのだろうが、一輝はかえって気になった。暗い顔を俯けて歩く姿が、自宅の玄関先で座り込んでいる姿が、矢継ぎ早に脳裏を過ぎった。
できれば事情を訊き出したい。ただ、瀬理は自らのプライベートを明かすのを好まない少女だ。この世界の全ての存在に謝罪の意思を表明しているような、苦しげな顔を見ていると、根掘り葉掘り尋ねるのは可哀想に思えてくる。
「そっか、それは残念だ。でも、週に一回は今までどおり来てくれるんだよね?」
「はい、もちろん」
瀬理は笑顔を見せた。
どう考えても、無理に笑っている。
しかし、そう指摘したところでなにになるというのだろう? 一輝も微笑んでスプーンの動きを再開する。
西崎さんも、俺が無理に笑顔を作っているのを見抜いたかもしれない。
そう思いながら黙々と頬張る。チャーハンは美味しく作れたのに、心を覆う雲は晴れそうにない。
* * *
一週間に二回が一回に減っただけで、瀬理と二人きりになれるまでの時間がたまらなく長く感じられた。
頻度を減らした理由について、事情があると瀬理は言っていた。それは嘘ではない、と一輝は思う。しかし同時に、自分が作るチャーハンにさほど魅力がないのも一因だ、と考えてもいる。
住まいが隣り合っているだけの男のもとに単身乗り込むほど、瀬理は一輝が作るチャーハンに惹かれた。そのチャーハンを食べることで、困難を乗り越えるための糧にしたい。瀬理がそう考えているのなら、食べにくる回数を増やすことはあっても減らすことはないはず。
一輝が瀬理の期待に応えられていないのだ。
最近はネタ切れの感が強く、レシピサイトで見つけた奇をてらったレシピばかり参考にしている。瀬理が、変わり種よりもオーソドックスな味を好むと判明したあとも、宝くじの一等を狙うような気持ちでその方法を選び続け、姿勢を改めようとしなかった。
だからといって、今さらオーソドックスなチャーハンに戻したとしても、瀬理とのあいだに立ちはだかる壁は越えられるとは思えない。
頻度が減ったとはいえ、交流自体は絶えることなく続いているのに、一輝は悶々としてしまう。
大学にはまったく行っていない。チャーハン作りへの情熱は下がる一方だ。
近い将来になにか大きな不幸が起きそうな、そんな予感がする。
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