君のために作るチャーハン

阿波野治

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「チャーハン、お待ちどうさま」
 カウンター席に着いてスマホをいじっていた一輝の前に、大皿に盛りつけられたチャーハンと真っ白なレンゲが置かれた。
 運んできたのは、恰幅のいい中年女性。『竜水亭』の店主の奥さんだ。
 さっそくレンゲを手にして山をすくい、息を吹きかけてから口に運ぶ。熱い。しかし、美味しい。噛めば噛むほど豊かなうま味が広がっていく。熱さも忘れて次から次へと口に入れてしまう。

『竜水亭』のチャーハンはどうしてこうも美味しいのだろう? 氷入りの水のグラスに口をつけながら、店に来るたびに抱く疑問について一輝は考える。
 卵、チャーシュー、青ネギ、そしてごはんと調味料と油。たったそれだけの組み合わせで、どうしてこんなにも美味な一品になるのだろう? 一輝が同じ食材と調味料で作ってみたとしても、きっと足元にも及ばない。

 特製のうま味調味料でも使用しているのだろうか?
 一輝は瀬理から依頼されるようになってから、今まで使っていなかった鶏がらスープの素を必ず入れるようにした。その心がけ一つで、これまでと同じ食材で作った一皿が、これまでと比べて明らかに美味しくなった。そんな経験から、うま味成分をプラスすることの重要性を一輝は理解した。
『竜水亭』のシンプルなチャーハンの美味しさの秘密は、うま味調味料にあるのでは? 彼はそう推測した。

 飲食店が使っているうま味調味料、しかもこんなにも美味いチャーハンに使われているのだから、スーパーで気軽に手に入れられるものではないのだろう。
 だとすれば、平凡な大学生でしかない一輝に、壁を越えるのは無理なのでは?

 黙々と皿の中身を減らしながら厨房に注目する。小柄な店主が真剣な横顔で中華鍋を振るっている。
 いっそのこと、店主に美味しいチャーハンの作りかたのコツを尋ねてみようか? 特製のうま味調味料が肝だというのなら、一食分だけでいいから譲ってほしいと交渉してみようか?
 そう考えてみたものの、現実味がなかった。気難しそうな店主に質問するのは勇気がいるし、そもそも商売に関わる重要な情報を教えてくれるとは思えない。

 この日一輝が『竜水亭』で夕食をとったのは、チャーハン作りの参考になるものがあれば吸収したい思惑があったからでもあるのだが、結局チャーハンを食べて満足するだけに終わった。


* * *
 

 瀬理が心から求めているものは、美味しさというよりも好みの味なのかもしれない。
 一輝はそう考えて、どんな食材を使った料理が好きか、どんな味つけが好きか、さり気なく訊いてみたのだが、

「食べものに関して、これがむちゃくちゃ好きとか、逆に苦手だとか、そういうのはないかもしれません。細かい好き嫌いはもちろんあるけど、美味しいものはなんだって美味しいし、苦手な人が多いものはわたしもあまり得意ではない、みたいな」
 との返答で、こちらの方面から壁を越える努力をするのは違うのかな、という気がした。


* * *


 なにが決め手になるかは分からない。一輝は同じ作りかたでくり返し作るのではなく、いろいろと試してみた。
 一輝には半分以上ウケ狙いとしか思えない、風変わりなレシピのチャーハンも、意外にも味自体は悪くないものが多い。ただ、瀬理のリアクションはおおむね芳しくなかった。あからさまに顔をしかめることも、辛辣な意見を述べることもないが、感想に費やす言葉数が少なくなり、月並みな表現ばかりになるので、「ああ、いまいちなんだな」とすぐに分かる。
 瀬理はどうやら、奇をてらったものよりも、シンプルなチャーハンが好みらしい。

 だとすれば、俺は壁を乗り越えることはできないのでは?
 シンプルなチャーハンを最高のチャーハンにまで高める鍵である、テクニックも、秘密の調味料も、俺は持ち合わせていないのだから……。
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