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使えそうなのは、たまねぎ一個と卵が二個。さっそくたまねぎの皮を剥いたが、中が腐っていた。これでは使うわけにはいかない。
つまり、瀬理に出せるのは卵のみのチャーハン。
一輝はプレッシャーを感じた。作りかたがシンプルであればあるほど、料理人の腕前が問われる。しかし、彼は自分で食べるために作っているだけの人間。調理のテクニックに自信を持っているわけではない。
西崎さんに喜んでもらう一皿を作るなんて、不可能なのでは?
たしかに「美味しい」とは言ってくれたけど、あのとき彼女は空腹だったから、評価が甘くなっただけかもしれない。俺を悲しませたくなくて気をつかっただけかもしれないし……。
「いや、弱気になるな」
彼女は「また食べたい」と言ってくれたではないか。「美味しい」がお世辞なら、「また食べたい」とまでは言わなかったはずだ。
自信を持て。自分が持てる力を尽くして、最高のチャーハンを瀬理にご馳走しよう。
そうは言っても、どうすればいつも以上に美味しいチャーハンが作れるのかは分からない。レシピサイトの存在は知っているが、今から調べるのは遅すぎる。
苦肉の策として、いつもは炒めたごはんに直接生卵を入れるところを、先に半熟の炒り卵を作ってあとからごはんに加えるやり方で作った。ようするに、技術不足を誠意で補おうとしたわけだ。
俺が作るチャーハンを食べたいと言ってくれたのに、こんな形でしか応えられないなんて、情けないな。
苦笑いがこぼれたが、とにもかくにも全力は尽くしたという自己満足はあったので、総合的には悪い気分ではない。
瀬理は最初こそ一輝の一挙手一投足を見守っていたが、中盤くらいからはスマホをいじっていた。不要なプレッシャーはかけまいとする、彼女の思いやりがありがたかった。
「できたよ。はい、卵チャーハン」
湯気の立ち昇る皿を瀬理の目の前に置く。いっしょに作った自分の分は、一足遅れてテーブルに置いた。
「昨日のやつが具材たっぷりだったから、今日はあえてシンプルにしてみたよ。さあ、熱いうちに召し上がれ」
食材が卵しかなかったから卵チャーハンにしたことも、普段は今回とは違って手抜きのやりかたで作っていることも、一言も口にしなかった。見栄を張りたい気持ちがあったのだ。
瀬理はスプーンを握り、どこか恐る恐るといったふうにチャーハンをすくって口に運ぶ。口を開けない食べかたで咀嚼する。訪問してからずっと緊張気味だった顔が綻んだ。向かいに座る一輝と目を合わせる。
「美味しいです。卵はふわふわで、塩コショウの加減もちょうどよくて」
「本当に? それはよかった」
以降は雑談をしながらの食事となった。
一輝が話したのは、芸大でライティングの勉強をしていること。これまでにチャーハンに使ったことがある食材について。近所にある『竜水亭』という美味しい中華料理店のこと。
対する瀬理は、運動が苦手で保健体育の授業が嫌いなこと、動物のぬいぐるみを集めていること、家で育てている草花についてなど。
瀬理は一つ一つの事柄について具体的に話そうとしない。動物のぬいぐるみが好きだという申告はしても、どんな動物のぬいぐるみが好きなのか、集め始めたきっかけはなにか、家にある中でお気に入りの一体はどれか、などの情報は、自分だけが鍵を持っている箱に仕舞ったままだ。一人暮らしの男のもとに一人で乗り込んでくる、という大胆な真似はしたが、一輝に心を許したわけではないらしい。
逆に言えば、心を許していない相手にすがるほど、一輝手製のチャーハンが食べたい要求は切実だった、ということだ。
俯いて道を歩いていたこと。玄関先で座り込んでいたこと。恐らくこの二つと関係があるのだろうが、現時点で事情を探る勇気はない。踏み込むのであれば、もっと関係を深めてからだ。
そろそろ皿が空になるというころには、一輝が口にした他愛もない冗談に瀬理が笑みをこぼす、という場面も多く見られるようになった。
チャーハン、喜んでくれたみたいだし、今日はこれで満足かな。
心の中でそう結論を下し、「ごちそうさま」と言ってスプーンを置く。
瀬理とはこれから何度も会うことになる予感がした。
つまり、瀬理に出せるのは卵のみのチャーハン。
一輝はプレッシャーを感じた。作りかたがシンプルであればあるほど、料理人の腕前が問われる。しかし、彼は自分で食べるために作っているだけの人間。調理のテクニックに自信を持っているわけではない。
西崎さんに喜んでもらう一皿を作るなんて、不可能なのでは?
たしかに「美味しい」とは言ってくれたけど、あのとき彼女は空腹だったから、評価が甘くなっただけかもしれない。俺を悲しませたくなくて気をつかっただけかもしれないし……。
「いや、弱気になるな」
彼女は「また食べたい」と言ってくれたではないか。「美味しい」がお世辞なら、「また食べたい」とまでは言わなかったはずだ。
自信を持て。自分が持てる力を尽くして、最高のチャーハンを瀬理にご馳走しよう。
そうは言っても、どうすればいつも以上に美味しいチャーハンが作れるのかは分からない。レシピサイトの存在は知っているが、今から調べるのは遅すぎる。
苦肉の策として、いつもは炒めたごはんに直接生卵を入れるところを、先に半熟の炒り卵を作ってあとからごはんに加えるやり方で作った。ようするに、技術不足を誠意で補おうとしたわけだ。
俺が作るチャーハンを食べたいと言ってくれたのに、こんな形でしか応えられないなんて、情けないな。
苦笑いがこぼれたが、とにもかくにも全力は尽くしたという自己満足はあったので、総合的には悪い気分ではない。
瀬理は最初こそ一輝の一挙手一投足を見守っていたが、中盤くらいからはスマホをいじっていた。不要なプレッシャーはかけまいとする、彼女の思いやりがありがたかった。
「できたよ。はい、卵チャーハン」
湯気の立ち昇る皿を瀬理の目の前に置く。いっしょに作った自分の分は、一足遅れてテーブルに置いた。
「昨日のやつが具材たっぷりだったから、今日はあえてシンプルにしてみたよ。さあ、熱いうちに召し上がれ」
食材が卵しかなかったから卵チャーハンにしたことも、普段は今回とは違って手抜きのやりかたで作っていることも、一言も口にしなかった。見栄を張りたい気持ちがあったのだ。
瀬理はスプーンを握り、どこか恐る恐るといったふうにチャーハンをすくって口に運ぶ。口を開けない食べかたで咀嚼する。訪問してからずっと緊張気味だった顔が綻んだ。向かいに座る一輝と目を合わせる。
「美味しいです。卵はふわふわで、塩コショウの加減もちょうどよくて」
「本当に? それはよかった」
以降は雑談をしながらの食事となった。
一輝が話したのは、芸大でライティングの勉強をしていること。これまでにチャーハンに使ったことがある食材について。近所にある『竜水亭』という美味しい中華料理店のこと。
対する瀬理は、運動が苦手で保健体育の授業が嫌いなこと、動物のぬいぐるみを集めていること、家で育てている草花についてなど。
瀬理は一つ一つの事柄について具体的に話そうとしない。動物のぬいぐるみが好きだという申告はしても、どんな動物のぬいぐるみが好きなのか、集め始めたきっかけはなにか、家にある中でお気に入りの一体はどれか、などの情報は、自分だけが鍵を持っている箱に仕舞ったままだ。一人暮らしの男のもとに一人で乗り込んでくる、という大胆な真似はしたが、一輝に心を許したわけではないらしい。
逆に言えば、心を許していない相手にすがるほど、一輝手製のチャーハンが食べたい要求は切実だった、ということだ。
俯いて道を歩いていたこと。玄関先で座り込んでいたこと。恐らくこの二つと関係があるのだろうが、現時点で事情を探る勇気はない。踏み込むのであれば、もっと関係を深めてからだ。
そろそろ皿が空になるというころには、一輝が口にした他愛もない冗談に瀬理が笑みをこぼす、という場面も多く見られるようになった。
チャーハン、喜んでくれたみたいだし、今日はこれで満足かな。
心の中でそう結論を下し、「ごちそうさま」と言ってスプーンを置く。
瀬理とはこれから何度も会うことになる予感がした。
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