わたしと姫人形

阿波野治

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沢倉マツバ その4

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 きっと姫のせいだ。
 姫との二人暮らしを経験したことで、わたしは一人きりでは生きていけない人間になってしまったのだ。
 金銭面では母親に頼りきっていたから、「一人で生きてきた」という評価は正確ではないかもしれない。それでも、やはり、隣に誰もいないというのは。

 姫は壊れてしまい、修理を出す金を捻出できずに死んでしまう。死なせたくないのに死んでしまう。のみならず、マツバさんとまで別れなければならない。そんな未来が現実と化したならば、きっとわたしは壊れてしまう。姫と同じように壊れてしまう。
 そんなのは、嫌だ。

「マツバさん」
 俯いていた顔が持ち上がる。マツバさんと視線を重ねたわたしは、ほぼ一日ぶりに顔に笑みを灯すことができた。

「最後に、マツバさんにしてほしいことがあるの。わたしの心を救済するために、ぜひともしてもらいたくて」
「協力したい気持ちはありますけど……。ていうか、えっ? 最後って、どういう――」
「来て」
 手を引っ張り、半ば無理矢理上がってもらう。そのさい、わたしが命じたわけではないのに、マツバさんはドアの鍵を閉めた。展開が読めないなりに察するものがあったのだろう。

 リビングまで導かれたマツバさんは、キッチンのほうを見ている。わたしがなにも食べていないようなので、食事の世話を依頼されるとでも思っているのかもしれない。わたしが想定している「してほしいこと」との乖離に、頬が熱くなる。
 それでも、母親に金銭を要求するのと比べれば、圧倒的に切り出しやすい。 

「マツバさん。してほしいことというのはね――」
 手招きをし、耳打ちをする。
 すべてを聞きおえたマツバさんは、弾かれたように上体を遠ざけ、信じられない、という顔でわたしを見た。ただ、顔つきから真剣さを感じとってくれたらしく、表情は次第に軟化していく。ほほ笑んでいる、と形容しても差し支えない顔に変わるまでには、十秒もかからなかった。

「分かりました。恥ずかしいけど、女同士だし――うん、頑張ってみる」
 表情の微妙な変化から、わたしを子どもとして扱うつもりなのだ、と察しがついた。マツバさんは子どもが好きだから。子どもの扱いに長けているから。
 たった一年の差ではあるが、わたしのほうが年上だ。子どもっぽいところもある性格の持ち主だと、マツバさんのことを認識してもいる。本来であれば、屈辱感に近い感情を覚えてもおかしくない場面だったが、今のわたしは心身ともに弱っている。

「ありがとう。……それじゃあ」
 上着のボタンを外そうとした指が震えた。すると、その部位に温もりが触れた。マツバさんの手だ。わたしに向かって柔らかくほほ笑みかけ、外すのを手伝ってくれる。一つ、また一つ、上から順番に。
 あるかなしかの胸を見られるのは恥ずかしい。しかし、その感情が別の好ましいものにがらりと変わる予感も、同時に覚えている。

 わたしの上着を脱がせると、マツバさんは自らが着ているシャツを脱ぎ、ブラジャーを外した。
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