わたしと姫人形

阿波野治

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灰島ナツキ その11

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 帰宅後、インターネットでアンドロイドについて調べてみた。様々なメディアから関連情報を得る中で、偏見は次第に払拭されていった。ユーザーから高い評価を受けている商品はかなりの高額になるが、貯金をつぎこめばなんとか手が届きそうだ。
 ハードルはむしろ、種類の豊富さにあった。老若男女、髪型、体型、さらには性格や口癖や嗜好まで。ありとあらゆる項目を購入者自ら指定でき、組み合わせは実質的に無限といってもいい。求めるパートナー像を明確にしない限り、いつまで経っても決められそうにない。

 わたしが欲する、パートナー。

 最初は、大人の男性がいいかな、と漠然と考えていた。父親は幼いころに家を出て行き、現在は年上のミクリヤ先生に好意を寄せている。女性の異性愛者として、性的な欲望を満たしたい、という下心ももちろんある。ただ、肉欲のはけ口としての利用を前提に購入するのは後ろめたかったし、たとえアンドロイドだとしても、年上と生活をともにするのは不安がある。

 自分よりも年齢が下。
 その枠の中で候補を探しているうちに、友人としてだけではなく、もう一つの重要な意味を持たせられる存在がいることに、やがて気がついた。

 子どもだ。
 彼らは無垢なよき友人であると同時に、他者の庇護を必要とする存在だ。わたしは人間が怖いが、購入しなければならない商品のためなら店員に話しかけられる。人で賑わうショッピングモールに足を運ぶことも厭わない。子どものためなら、しなければいけないのにやらなかったことも、きっとできる。その積み重ねが、真の独り立ちのための糧になってくれるはずだ。独り立ちをしなければならない期限を迎えるまではそう長くないが、必ずや間に合わせられるはずだ。 

 目鼻立ちはこんな感じがいい、性格はこうあるべきだと、あれこれ思いを巡らせている時間は楽しかった。まぎれもなく幸福だった。わたしのもとに届いた姫は、期待を裏切らなかった。紆余曲折あったが、彼女と過ごす時間はおおむね満足がいくものだった。
 しかし、姫は壊れた。
 彼女の手術費用を捻出する力は、わたしにはない。


* * *


 母親相手にいくら偉そうなことを言っても、暴言を吐いても、わたしは結局、一人ではなにもできない。
 そんな人間が、誰かの親になんて、なれるはずもなかった。
 姫とともに過ごした五日間には、いったいなんの意味があったのだろう。
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