わたしと姫人形

阿波野治

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灰島ナツキ その8

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 絶叫しながら、鋏をテーブルの天板に突き立てた。しかし硬さに撥ね返され、右手に電流のような痺れが走った。わたしは母親に背を向け、唸るのと叫ぶのとの中間のような声を上げながら自室に駆けこんだ。
 手当たり次第物を破壊した。勉強机の上の日記帳も、枕元のマジケンのぬいぐるみも、小さな銀色のオルゴールも、みんなみんな壊した。わたしの部屋にあるものたちが、次から次へと醜悪なガラクタと化していく。壊しても、壊しても、気持ちは鎮まらない。叫びながら、壊して、壊して、壊しつづけた。

 手が止まったのは、肉体的な疲労が限界に達したからだった。
 肩で息をしながら、部屋の中の惨状を客観視した。多少なりとも愛情を持っていた私物たちは、今や見る影もない。
 すべて自分がやったのだ。
 母親を壊す勇気がないから、物言わぬ無機物に八つ当たりをしたのだ。

 右手から鋏が落ちる。力のない足取りでベッドへと向かい、俯せに倒れこむ。奇跡的に難を逃れた枕に顔を埋め、わたしは泣いた。嵐のような破壊とは打って変わった、静かな泣きかただった。込み上げる感情は、複数の感情が複雑に絡み合っていて、その猥雑さが悲しみを煽るようだった。洟をすすり上げ、雫を落としているあいだ、頭のすぐそばにある、頭部の傷口から綿をあふれさせたマジケンのぬいぐるみの存在を、常に意識していたような気がする。

 泣き疲れて、いつの間にか眠りに落ちていた。
 部屋のドアがノックされる音に呼び覚まされたのか、目覚めていたからこそノックの音を聞きとれたのかは、分からない。わたしは弾かれたように上体を起こし、ドアを見据えた。訪問者の正体は、ノックを聞いた瞬間に察していた。
 蝶番が軋む音を立てながら、ゆっくりとドアが開かれた。母親だった。その顔は一面無機質な無表情に染まり、右手に包丁を握りしめている。 

「ナツキ、あなたは出来損ないの人形ね」
 その声には、感情と呼べるものは一切含まれていない。
「あなたを修理してあげる術を、残念ながらお母さんは持っていない。でも、放置しておくと、あなたはお母さんに危害を加える可能性がある。なぜなら、あなたは欠陥品だから」
 侮蔑されても怒りが微塵も湧かなかったのは、機械の音声に暴言を吐かれても腹が立たないのと同じ理屈なのか。それとも、暴れた直後で疲れていて、怒るだけの気力もなかったのか。
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