わたしと姫人形

阿波野治

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五日目 その8

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 十畳ほどの立方体の空間だ。天井も壁紙も床板も、マジケンのイメージカラーであるオレンジ一色。突き当りの壁を背に、瀟洒な洋館に置かれていそうな肘掛け椅子が据えられ、マジケンが腰かけている。肘掛けに右肘をつき、右拳を右頬に宛がい、両脚を優雅に投げ出すという姿勢だ。
 部屋の中は静謐で、自分自身の心臓の音さえ聞こえる。平常よりも速いテンポで拍動している。

 わたしと目が合うと、マジケンは鷹揚なほほ笑みを口元に灯し、手招きをした。それに応じて、姫ともども入室し、後ろ手にドアを閉める。マジケンが立ち上がった。手を繋いだまま彼へと歩み寄る。
「ミニミニ機関車」に乗っているときは気がつかなかったが、マジケンは背が高い。二メートル近くある。四十センチ近く高い位置から見下ろされる形となるが、圧迫感は覚えない。香水らしきミント系の芳香を、淡く、ごく淡く感じる。

 マジケンは姫ではなく、わたしを見ている。
 姫ではなく、わたしを。

「あの……。毛、触ってもいいですか?」
 恐る恐る、わたしは尋ねた。マジケンは口を開かない。しかしその青い瞳は、「触っても構わない」と明言している。

「姫、触ってもいいって。ふかふかの毛、触らせてもらおう」
 声をかけたが、姫は放心したような顔つきでマジケンを見上げるばかりだ。わたしが触るのを見れば、それに倣って触るだろう。姫の手から右手を離し、胸のあたりの毛へと近づける。
 ほんとうは分かっている。わたしが触りたいだけなのだと。
 指先で触れた毛は、柔らかかった。上から下へと弱い力で撫でると、柔らかさをいっそう実感できた。掌でくり返し体毛を感じ、十を数えたところで手を引っこめる。

 鼓動は着実に速まっている。このままマジケンと相対しつづけていては、耐えきれずに破裂してしまいそうだ。しかし、幸福であり不幸でもあることに、許された時間は二分しかない。
 どのくらいの時間が流れただろう。三十秒? 一分? 一分半?
 たしかなのは、まだ制限時間には達していないこと。そして、残された時間はそう長くはないこと。

「あの、わたし……」
 マジケンの目を見つめながら切り出したが、照れくささに言葉に詰まってしまう。それを見て彼は、口角をほんの少し引き上げた。
 ほほ笑みかけてくれたのだ。
 緊張は依然として続いているが、緊張しているなりに肩の力が抜けた。
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