わたしと姫人形

阿波野治

文字の大きさ
上 下
31 / 91

三日目 その8

しおりを挟む
「へえ、面白いね。なんの芽が出るかは分からないんだって。買いたい植物が決まっていないんだったら、こういうものもいいかもしれない」
 姫は棚を食い入るように見つめていたが、おもむろに顔をわたしに向け、
「これにする。これがいい」

「もっと他の植物を見なくてもいい?」
「うん。これに決めた」
 姫はその場にしゃがみ、最下段、左から四つ目のポットを迷いなく手にとる。その手つきの優しさと、芯に宿るある種の力強さが、彼女の意思を不足なく説明していた。

「それじゃあ、お金を払いに行こうか」
 姫はほほ笑んでうなずいた。自身が抱えているポットからいつか萌え出て、咲き誇る一輪を先取りして表現したかのような、可憐な笑顔だった。


* * * 


 帰宅するとすぐさま、植物を植木鉢に移植する作業を行った。主に姫が手を動かし、必要に応じてわたしがサポートする形だ。
 移植ごてとじょうろは物置部屋にあった。ハーブを育てていたときに使用したものだ。
 乾いた土を捨て、柔らかい土を庭の地面から調達し、育苗ポットから抜き出した土くれを植木鉢に埋める。姫は全体的にぎこちない手つきながらも、無難にこなした。

 仕上げにじょうろで植木鉢に水をあげ、日当たりのいい場所に置く。水を与えたからといって、すぐに芽が出てくるわけではない。それは姫も分かっているはずだが、植木鉢の前にしゃがみ、湿った土から視線を外そうとしない。

「さあ、もう家の中に入ろう」
「……うん」
 何回か呼びかけると、渋々といった様子で立ち上がった。後ろ髪を引かれる思いに負けてしまわないように、姫の手を引いて庭をあとにする。一鉢の植物を移植しただけにしては泥がつきすぎているようで、子どもらしい不器用さと熱心さがほほ笑ましかった。

「め、いつ出るのかな?」
「ちゃんと世話をし続けていたら、いつかきっと出てくるよ。水やり、毎日できる?」
「うん。ぜったいできる」
「道具の片づけも忘れないでね」
「うん。わすれない」

 じょうろを新調しよう。今家にあるものは、大きすぎて重いし、見た目がかわいくない。道具一つでやる気が持続するのであれば、安いものだ。移植ごては当分使う機会がないだろうから、買い換えるのはひとまずじょうろだけ。今日の午後は猿焼きに、明後日は「犬祭り。」に行くから、買い物は明日にしよう。買い置きの食料が尽きるころだから、ちょうどいい。
 こうやって、スケジュール帳の空欄はひとりでに埋まっていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

【完結】義妹に婚約者を取られてしまい、婚約を解消することに……傷心の私はお母様の国に亡命することに致します。二度と戻りませんので悪しからず。

つくも茄子
恋愛
公爵令嬢のマリアンヌは婚約者である王太子殿下から婚約解消を言い渡されてしまった。 マリアンヌの義妹リリーと恋仲になったせいで。 父と再婚した義母の連れ子であるリリーは、公爵家の養女でもある。つまり、実子並みの権利を持っているのだ。そのため、王家と公爵家との縁組を考えればどちらの令嬢と結婚しても同じこと。 元婚約者がいては何かと都合が悪いからと、マリアンヌは自ら母国を去る。行先は、亡き実母の祖国。祖父や伯父たちはマリアンヌの移住を喜んで受け入れる。 彼女を皇女に!と思うも、本人に拒否されてしまい、仕方なく「女公爵」に。 マリアンヌとしては小国の公爵令嬢が、大国の皇女殿下になる訳にはいかなかった。優しい伯父たち(大国の王族)のため、「女公爵」として、新しい母国のために奮闘してゆく。王太子妃としての教育がこのような形で活かされていく。 一方、元婚約者の王太子殿下には暗雲が立ち込めていた。 彼は王太子位を剥奪され一介の王子になっていたのだ。妻のリリーは、妃として落第点を押される程の不出来さ。 リリーは高位貴族の教育さえ受けていなかったことを元婚約者は知らなかったよう。彼女の母親は下位貴族出身。当然、その娘であるリリーも下位貴族の教育しか受けていない。 内政も外交も上手くいかない。 経済さえも危うくなってきた。 彼らの未来はどうなるのか??? 他サイトにも公開中。

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

あなたの妻はもう辞めます

hana
恋愛
感情希薄な公爵令嬢レイは、同じ公爵家であるアーサーと結婚をした。しかしアーサーは男爵令嬢ロザーナを家に連れ込み、堂々と不倫をする。

処理中です...