わたしと姫人形

阿波野治

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二日目 その13

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「おおとり、きょうも鳴かないね」
 姫のつぶやきが静寂を破った。視線の方向は、依然として夜空に浮かぶ天体だ。パステルピンクの瞳にたたえられた輝きは、月見を始めた当初から色褪せていない。 

「そうだね。今夜も徘徊はしないみたい」
「お月さまがあかるい夜は出ないの?」
「そんなことはないよ。大鳥と月はまったくの無関係。最近はあまり徘徊しなくなったみたいだし、飽きちゃったのかもね」
「おおとりって、大きな声で鳴くんでしょ。ぼくたちが話をしていても聞こえる?」
「場所にもよるけど、たとえば今みたいに庭にいるときに、庭のフェンスのすぐ向こうで鳴いたとしたら、話し声がかき消されるどころか、ひっくり返るくらい驚くよ。家でテレビを観ていても聞こえるくらいだからね、大鳥の鳴き声は」

 姫がこちらを向いた。わたしは表情を和らげる。
「大丈夫だよ。大鳥は人家の庭までは入ってこない、紳士的な鳥だからね。だから、安心して月を眺めていられるよ」

 左手の甲にぬくもりが被さった。姫の右手だ。甘えて、あるいは怯えて体温を求めてきたというふうではなかったが、控えめな積極性がいとおしく、そっと手を握る。人間そのもののぬくもりに、いとおしい気持ちが増した。手を握る以上のことをしてみたいと思った。
 行動にこそ移さなかったが、姫といっしょに暮らしはじめて明日で三日目。そろそろ、より深い形でのスキンシップを試みてもいいのかな、という気はする。

「明日、姫といっしょに行きたいところがあるんだ。そこへは夕方に行く予定だから、園芸店へ行くのは午前中にしよう。それでいい?」
「うん、いいよ。ナツキの言うとおりにする」
「ありがとう。……あ、そうだ」
「どうしたの?」
「もう一つ思い出したけど、首長竜を見に行くのはどうしようか? 植物を買いに行くのは取りやめにして明日の午前中に行くか、それとも明後日にするか。そのどちらかだね」
「しょくぶつを買ったあとは? あとに行くほうは夕方だから、そのあいだに見に行けるよ」
「そんなに外出ばかりしたら、疲れちゃうよ。夕方に行く予定の場所は、その時間じゃないと駄目だから、植物を買いに行くか首長竜を見に行くか、そのどちらかだね。どうする?」
「しょくぶつを買いに行くほうがいい」
「どうして?」
「しょくぶつ、はやく植えたいから」
「なるほどね」

 それからは月にまつわる話をした。地球が太陽の周囲を回るように、月は地球を周回していること。秋には月見をする風習があること。月の模様は、ウサギが餅をついている姿にたとえられていること。

「ふぅん、うさぎさんかぁ。ぜんぜん見えないけど」
「他の国では違う生き物だと見なされているみたいだし、見えかたは見る人次第、ということじゃないかな」
「もしあのもようがうさぎさんで、ほんとうにおもちをついているんだったら――」

 月光に照らされながら姫はほほ笑んだ。幼い目鼻立ちに不釣り合いな、ずいぶんと大人びて見えるほほ笑みに、わたしは軽く息を呑む。

「わるいことをして、つかまって、しかたなくやっているのかもね」
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