わたしと姫人形

阿波野治

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二日目 その11

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 リビングに姫の姿はなかった。
 テレビ画面は真っ暗だ。庭に通じる戸が半分ほど開いている。そこから垣間見えているのは、艶やかなパステルピンク。

「姫」
 買ったものをダイニングテーブルに置いて戸に歩み寄り、隙間を広げて声をかける。姫は肩越しに振り向いた。
 彼女は戸のすぐ外に置かれた植木鉢の前にしゃがんでいた。アイボリーのプラスチック製で、高さと直径はともに十五センチほど。褪せたビターチョコレート色の受け皿が真下に敷かれている。たたえられた土の表面は乾燥し、いくつかのひび割れが走っている。

「植木鉢を見ていたの? ずっと?」
 どこか神妙な顔でうなずく。わたし用のサンダルをつっかけているので、小さな体がより小さく見える。

「この植木鉢にはなにも植わっていないよ。今はなにも植わっていない」
 わたしは姫の隣にしゃがむ。姫はわたしの顔を見つめてくる。

「前はなにが植わっていたの?」
「ハーブを植えていたんだけど、たぶん鳥の仕業かな、食べられちゃってね。それ以来ずっと放置してる。ハーブ、分かるかな? とてもいい香りがする植物なんだけど」
「おおとりが食べたの?」
「いや、違うと思う。大鳥の生態はよく分かっていないけど、あんな小さなものをわざわざ食べるとは考えにくいよ。もちろん、絶対にとは言い切れないけどね」

 どうしてなにも植えないの? そう尋ねてくるかとも思ったが、姫は植木鉢に目を落とし、乾いた土をじっと見つめる。面持ちは真剣そのものだ。

「なにか植えてみる?」
 再び、姫の眼差しがわたしの顔へと注がれた。

「姫が選んだ植物を植木鉢に植えて、姫が毎日世話をする。困ったことや分からないことがあれば助けるけど、基本的には姫が一人で世話をする。世話っていうのは、毎日の水やりとか、雑草が生えてきたら抜くとか、そういうことね。どう? やってみる?」
「植えるしょくぶつはどうするの? 道とかに生えているのをとってくるの?」
「植物を売っている大きな店を知っているから、そこへ行こう。少し遠いし、今日はゆっくりしたいから、明日以降にでも。どうする?」
「やってみたい」

 答えて、姫は気恥ずかしそうにほほ笑んだ。彼女がわたしに初めて見せた、はっきりとした笑み。それがはにかみ笑いというのが嬉しくて、自分の顔も笑顔に変わったのが分かった。

「よし。じゃあ、明日か明後日、植物を買いに行こう。約束したよ」
「うん、やくそく」
「荷物を持ってくれたお礼にシュークリームを買ってきたから、いっしょに食べよう。ちゃんと手を洗ってね」

 姫は「うん」と元気よく返事し、洗面所へと駆けていく。
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