わたしと姫人形

阿波野治

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二日目 その4

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 購入する服の選定には思いのほか時間がかかった。子ども用の衣類を買うのが初めてなうえに、姫が意見をほとんど口にしなかったからだ。

「姫。予定を変更して、先にお昼ごはんにしない?」
「どうして?」
「早めに食べたほうが混雑を避けられるからね。それに、歩き回ってちょっとおなかが空いてきたから。姫はどうしたい?」

「ごはんがいい」との返答だった。続いて「なにか食べたいものはない?」と問うと、「とくにない」とのこと。たまたまファミリーレストランを見かけたので、そこに入った。

 店内は子ども連れの客が多いらしく、うるささと紙一重の賑やかさに満たされている。幸いにも、数分待っただけで席に座れた。
 姫は熱心にメニューを眺めている。ただし、他のテーブルに着く多くの子どもたちのように、浮き立つ心を抑えきれずにはしゃいでいるわけではない。わたしは老婆心を発揮して、この料理はこういう味がして、こんな食材が使われていて、といった情報を、うるさくならないように伝える。
 注文はいつまで経っても決まる気配がない。

「じゃあ、お子さまランチにしてみる? いろいろなおかずが食べられるから、きっと満足できるんじゃないかな」
 姫は感情を顔に出さずにうなずき、メニューを閉じて元の位置に立てる。窓ガラス越しの景色が気になるらしく、ガラスに鼻先を軽く押しつけ、真剣な眼差しで観察をはじめた。

 やがて到着したお子さまランチを、姫はどこか拙さが感じられる手つきながらも、行儀正しい箸づかい、もとい先割れスプーンづかいで味わった。チキンライスのピーマンも、ハンバーグの付け合わせのニンジンも、ためらいなく口に入れ、眉一つ動かさずに咀嚼する。

「姫、美味しい?」
「うん、おいしい」
 問われるとそう答えたが、自分から感想を口にすることはない。わたしが食べている日替わり定食の、ポークソテーやオニオンスープに興味を示し、欲しがることも。
 ただし、一度だけ例外があった。

「おいしい」 
 ひと足早く食事を終え、次に寄る店のことを考えていたわたしは、はっとして姫を見た。デザートのフルーツポンチを食べているところだ。どの食材を指して「おいしい」と言ったのかは、すでに胃の中に消えてしまったので分からない。
 一房のみかんをすくい、口に運ぶ。「よく噛んで食べなさい」という親からの教えを律義に守る幼児のように、柔らかさを考えれば過剰なほどしっかりと噛みしめ、嚥下する。続いてナタデココをすくい上げたところで、わたしの視線に気がついた。 

「フルーツポンチ、美味しい?」
「うん。あまいから」
 そう答えて、すくったものを口に含んだ。
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