僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 あたしは大輔が好き。あなたといっしょに過ごす時間を持ちたいって提案したのも、大輔が好きだからこそ。
 現状維持を崩したくないあたしからしてみれば、清水の舞台から飛び降りるような気持ちだった。大輔は戸惑っているみたいだったけど、提案を受け入れてくれた。むちゃくちゃうれしかった。大げさかもしれないけど、この世界にこんなにうれしいことがあったのかって、信じられない気持ちだった。夢なんじゃないかって、確認するために自分の頬をつねったりして。

 期待していたとおり、あなたと過ごす時間は楽しかった。両親とのあいだで言い争いが絶えない日常を、大輔といっしょにいるときだけはきれいに忘れられた。すごく助かった。すごくありがたかった。
 大輔が、あたしが考えていたよりも人付き合いが苦手だと判明したときは、親近感が湧いた。似た者同士だからこそ、絆は揺るぎないものに思えた。こんな関係がいつまでも続くと信じていた。

 でも、当たり前だけど、永遠なんていうものは存在しない。

 きっかけは、大輔が受験勉強中のストレスとの向き合いかたについて、あたしに相談したこと。
 自分だって目標なんて一度も持ったことがないくせに、あたしは愛読している漫画から拾い集めた知識やセリフを繋ぎ合わせて、目標を持つことの大切さを上から目線で大輔に説いた。あなたはあたしの意見が正しいと信じて、目標を探して、見事に見つけた。それによって、あたしが愛した代り映えしない平穏は崩れた。

 大輔が芸大に進学するって告白したの、合格が決まってからだったけど、変化には早い段階から気がついていたよ。あなたは進路について悩んでいたから、その問題に解決の目処が立ったんだってすぐに分かった。
 表向きはいつもどおりに大輔と接していたと思うけど、内心は穏やかではなかった。気持ちがあたしから徐々に離れていっているのが分かったし、進むべき道が確定すればきっともっと離れてしまう。物理的な隔たりが生まれてしまう可能性だって高い。

 どうにかしたくて、じゃあどうすればいいのって、必死になって考えるうちに気がついたの。大輔があたしから精神的に卒業したのを機に、わがままを押しとおすのをきっぱりやめて、この町から離れる。それがもっとも円満な解決策なんだって。

 たしかにあたしは、お母さんやお父さんと対立している。でもそれは、あたしがこの町から離れようとしないから。その問題と無関係のことであれば、両親はあたしによくしてくれている。あたしが一人では生きてはいけない人間だとちゃんと理解してくれているし、そしてそれが恥ずべきことだとは考えていない。だからこそ、「そんなにお父さんのもとに行くのが嫌なら、来るのが嫌なら、自分の力で金を稼いで一人で生きなさい」と突き放すのではなくて、お父さんのもとに行こうよって、来てくれって、粘り強くあたしに呼びかけてくれている。

 新しい環境に慣れるまでにはひどく時間がかかるだろうし、苦痛は耐えがたいかもしれない。だけど、両親からの手厚いサポートが期待できる。一人では生きていけないのに一人で生きていかなければならない、なんてことには絶対にならない。
 そしてなにより、大輔のためになる。目指すものを見つけたのだから、あたしの支えはもういらない。大輔は心根が優しいから、あたしがそばにいると、それが新しい一歩を踏み出す妨げになるかもしれない。だから、あなたのもとを去る。
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