僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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『別れのあいさつをこんな形ですることになってしまって、ごめんなさい。
 でも、本来であれば、あたしはとっくの昔にこの町にはいなかった。ほんとうは、お父さんが暮らす遠い町まで行かなければいけないんだけど、あたしのわがままで引っ越しを先延ばしにしてもらっていたの。

 なぜわがままを言ったのかというと、大輔と離れ離れになりたくなかったから。
 それでもあたしは、お母さんといっしょに、お父さんが暮らす町まで行かなければいけない。
 なぜなら、あたしは一人では生きていけないから。実質的に、親の言いなりになって生きていくしかない人間だから。

 でも、親が悪いわけじゃない。お父さんとお母さんは、とても厄介で難しい問題のせいで仲たがいをしていたけど、晴れて仲直りをした。進藤家の家計を支えているのはお父さんで、お父さんはこちらに戻ってくるのは難しいから、あたしとお母さんがあちらに行くしかない。あたしはもう働ける年齢ではあるのだけど、一人では生きていけないから、お母さんについて行かなければいけない。悪いのは親じゃなくて、あたしなの。

 なぜ一人では生きていけないかというと、大輔にはちょっと話したと思うけど、あたしは外に出るのが怖い。人混みの中はもちろん、人がいない場所でも気持ちが落ち着かない。
 あのときは「外の世界が怖い」という言いかたをしたけど、より正確には、「現状維持から逸脱することを病的におそれている」って表現するべきなんだと思う。 

 大輔はあたしと付き合う中で、進藤のやつ、そういえば同じことばかりやってるな、飽きないのかな、なんて首をかしげたことはない? あるのだとすれば、それは気のせいなんかじゃないよ。着る服、読む漫画、食べる菓子……。大輔の部屋で過ごすことにこだわって、正月やクリスマスみたいな特別な日にも外出しようとしなかったのだってそう。来る日も来る日も、あたしは同じようなことばかりして生きてきた。クリスマスケーキを買ったのだって、あたしとしてはずいぶん思い切ったことをしたつもりだったから。

 ……書いているだけで笑えてくる。あたし、たぶん、おかしなことを言ってるよね。大輔もきっとそう感じていると思う。
 でも、嘘じゃないから。思い切ってクリスマスケーキを買ったというのは、嘘偽りのない感想。

 なんという名前の病気なのかは分からないけど、あたしは幼いころからずっとこの症状に悩まされてきた。出会いとか、発見とか、そういう心躍る出来事とは無縁の、暗くて孤独な人生を送ってきた。
 あたしだって、好き好んでそう振る舞っているわけじゃない。新しい世界に踏み出したくても、第一歩を刻むまでが果てしなく遠い。ただそれだけ。

 でも大輔、あなたは違った。物心ついたときから近くにいたから、あなたと交流を持つことは単なる日常でしかない。現状維持からはみ出すことにはならない。だから、心おきなく話ができた。

 そのわりに関係が進展しなかったっていう印象、もしかすると大輔は持っているかもしれない。でもそれは、あたしがこれまで、いろいろな人と会話する機会を作ってこなかったせいで、人と話すのが得意ではなくて、それが足を引っ張っただけ。
 前にコンビニで会話したことがある石沢、覚えてる? あいつはあたしのクラスメイトで、話しやすい性格だから普通に話せていたけど、自分の家族や大輔以外だとあれが限界だと思う。好感を持っている大輔相手ですら、なかなか距離を縮められない。そういう人間なんだよ、進藤レイという女は。
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