僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「やあ」
 僕の胸の内など知る由もない進藤レイは、いつもの時間に曽我家に到着し、おなじみのしぐさであいさつをした。
 決意を胸に抱いた僕は、普段どおりに彼女を我が家に招き入れる。彼女の言動や態度にいつもと違ったところはない。僕が秘めているものの正体はもちろん、なにかを胸に秘めていること自体にも気がついていないらしい。

 部屋のドアが閉まったとたん、待っていましたとばかりに本題を切り出すのは嫌だった。だからといって、いつもどおりの緩い空気に身を任せていると、ずるずると終わりまでいってしまう気がする。タイミングが難しかった。
 菓子の容器や袋が床に所狭しと並ぶ。僕はキッチンで淹れたホットコーヒーを部屋まで運んでくる。壁にもたれて漫画を読んでいたレイがそれを見て「ありがと」と言った。 

 その何気ない一言に、僕の心は揺れた。動揺してしまったゆえに、当時はその原因を掴めなかったが、今ならよく分かる。僕が胸に秘めている思惑を見透かされ、それに対して感謝されたように感じたのだ。
 早鐘を打っている、というほど激しくはないにせよ、鼓動は平時よりも明らかに速い。ベッドに腰かけてゲーム機の電源を入れようとしたが、遊びはじめてしまうと一生言い出せなくなる気がした。
 だから僕はゲーム機を床に置き、彼女に向かって口火を切った。

「進藤さん。入学試験の結果だけどね」
 レイは弾かれたようにこちらを見た。僕の表情を一目見て、結果がどちらに転んだのかを悟ったらしい。僕は相好を崩した。
「無事に合格したよ。今日、合格通知が届いて」
「それはよかった。曽我、おめでとう」
「ありがとう」

 奇妙な空白が生まれた。「ありがとう」と答えた僕の表情を見て、レイがリアクションに窮したことで生まれた間だ。彼女にしては珍しく、口を半開きにした無防備な顔をしている。おそらく、彼女の心の中では二つの疑問が芽生えているはずだ。
 受験勉強に苦労したはずなのに、なんで大喜びしないの?
 そもそも曽我って、どこの大学を受験したんだっけ?

「そういえば伝えるのを忘れていたね。僕が受かったのは、関西にある芸術大学。ライティング学科っていうのがあるんだけど」
「うん」
「いつだったかな。進藤さんが『ストレスを発散したいなら、思いを紙に書いてみたら』という意味のことを言ったよね。その日のうちにさっそく実践してみたら、自分でも信じられないくらいにたくさん書けて。趣味も特技もない、平凡な人生を送ってきた人間にとっては、衝撃的といってもいい経験で。だから、ライティング学科がある大学に進むことに決めたんだ」
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