僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 僕たちが住む町に冬が訪れ、日に日に寒さが増し、年が明けた。
 一月からは受験が続くということで、いっしょに初詣に行こうかという話も出たのが、けっきょく実行しなかった。三が日は天候に恵まれない予報だったのもあるが、一年以上に及ぶ習慣により確立されたリズムを崩したくなかった、というのが本音だと思う。

 大学入学共通テスト受験当日は緊張した。よい点数がとれるかはもちろん、大勢の人間が集う場所に行くことに対しても。
 試験会場となった某大学の構内は、高卒認定試験が行われた会場とは比べものにならないくらいに広大で、来校している受験生の数はけた違いだった。

 いじめられて不登校になった曽我大輔という男、留年した挙げ句に中退した曽我大輔という男の存在を覚えている者も、中にはいるだろう。どこか暗鬱なオーラをまとった少年が、おどおどと周囲を見回しながらこそこそと会場を移動するのを見て、軽蔑的な感情を抱く者もいるかもしれない。
 そう想像することは、学生だったころの僕が困難に直面したときの基本的な対処法である、逃避への誘惑を強く刺激した。

 しかし、懸命に押し殺した。自分を励ますために、具体的な文言を心の中でつぶやいて自分に言い聞かせることまではしなかったが、邪念はなるべく念頭に長く留まらせないように心がけた。格闘しているあいだは苦しかったが、なんとか切り抜けられた。
 成長したのは学力だけではなく、精神力も、だったのかもしれない。

 試験の結果は上々だった。
 また一つハードルをクリアして、残るハードルは一つ。

 もちろん、最後と見なしたハードルの先にも無数のハードルが待ち構えていて、むしろ最後のそれを越えてからが本番なのだが、遠すぎる未来についてはあまり考えたくなかった。目の前のことを精いっぱいこなしていく。それが基本姿勢だ。
 逃げではない。明確に違う。今の僕ならそう確信をもって断言できる。あれが逃げだというのなら、人間は誰しも常になにかから逃げている。そんな極端な意見さえ表明したくなる。


* * *


 目標達成を目指して無我夢中で突き進む日々は、充実していた。輝いていた。あっという間だった。
 無我夢中。
 それゆえに、レイを置き去りにしてしまった。

 僕が目標を見つけてからというもの、レイとの付き合いは小さな変化すらもなく続いていた。だから、このまま末永く続いていくものと思いこんでいた。
 僕の生きかたが少なからず変わったのだから、レイとの接しかたにもなにかしらの変化がある。その変化が、なにかしらの変化を彼女にもたらす。
 そんな当たり前のことに、当時の僕はまったく気がつかなかった。

 僕の身に起きた変化がポジティブだったのがそもそもの原因だ、と言ってしまってもいいかもしれない。ネガティブな変化だったならば、それが人生を変える類のものではない限り、円満に解決できる可能性が高かったはずだ。
 なにせ進藤レイは、草刈りをした庭での会話や、書いて発散するというアイディアをくれた一件が示すように、僕を立ち直らせ、再び歩き出す気力を取り戻させる能力を持った人なのだから。

 今となっては後の祭りだ。
 起きてしまった過去を変更するなどという芸当は、神にしかできない。
 この物語を書きつづっている僕は、この物語における神に等しいが、物語における過去の真実は書き換えられても、ほんとうの現実の過去についてはなす術がない。
 悲嘆に暮れていては、いつまで経っても、終わらせるべきものも終わらせられない。
 僕が望む形での解決にはならないのだとしても、物語を先に進めるしかない。
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