僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 父親の言葉にはネガティブな感情ばかり抱かされたが、僕は穏便な対応をとるように心がけた。あまりにもしつこかったり、聞き捨てならなかったりしたときには、「うるさいなぁ」と声を強めて遮ったが、その場合でも本格的に反論を述べるのは自制し、口論に雪崩れこまないように注意を払った。絶対に屈服させられない敵である父親と、不毛な闘争をくり広げるだけの気力がなかったし、感情を刺激しないほうが結果的に圧力を軽減できるという計算があったからだ。
 目論見どおり、口論に発展する事態は回避できた。ただ、父親からありがたくないお言葉をちょうだいする総時間は、心がける以前と比べて悪化もしないが良化もしないという結果に落ち着いた。

 より精神的に疲れる事態に陥るのを避けられているだけでも、よしとするべきだ。そうポジティブに捉えるべきだったのだろうが、受験勉強という、ただでさえ疲れる課題をこなす日々を送っている身には、決して簡単な心がけではない。

 つらい毎日を過ごす中で、レイが言った目標を立てることの大切さは、疑いようのないものだと僕は認めた。
 そうはいっても、十七年間生きてきて一度も能動的に見出したことのない目標などという代物を、おいそれと見つけられるはずもない。
 目標の一つも持たずに生きてきた僕の人生って、いったいなんなんだ。どれほどの価値があるというんだ。
 自力でも他力でも絶対に正答を算出できない疑問に懊悩する夜も、毎日のようにあった。

「目標を持つべき」とアドバイスをくれたのはレイだが、まさか本人に「なにを目標にすればいいですか?」とたずねるわけにはいかない。いくら人生経験が少なくてひきこもりがちな僕でも、それくらい分かる。事実レイも、「自分で見つけるしかない」とはっきりと言っていた。
 目標というのは、たぶん、ある程度時間をかけなければ見つけられないものなのだろう。
 ただ、のんびりとしてもいられない。目標という奮発材料を見つけない限り、大学入学共通テストで高得点はとれそうになかったし、仮にとれたとしても、進路の選択という、次に待ち構えているハードルを越えるのは難しいだろう。

 将来を悲観し、集中できないながらも、とりあえず勉強だけはきちんと毎日する。
 そんなふうに時間を使いながら、僕とレイの誕生日がある季節は流れていった。
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